第58話:ミックスド・魔ーシャルアーツ
「神通力は確かに体内に留めておくのは難しいわ。『体内には』ね」
「あなたのその杖は?」
「勿論、溜められる様に作ってあるよ。レイムルの魔剣もそう。けど保持は容易でも、武器に溜めて置ける神通力は悲しい程少ないもんよ」
「じゃあ、リリィさんはどうやって……」
昨夜の事である。リリィと情報交換を行った学は、詠唱なしで魔法を使う方法について教わっていた。
首を傾げてクエスチョンマークを浮かべる学に、リリィは得意げに先生ぶる。
「どうやってると思う? ねえ、どうやってるか分かる?」
「いや分からないって言ってるでしょうが。それを教わりに来たんですよ」
「簡単に教えちゃ教育にならないわよ。自分で掴まなきゃ」
「言いたい事は分かるけど、流石に取っ掛かりがないと掴めませんよ」
やれやれ、と言った表情でベッドに腰掛けるリリィ。勿体ぶられて苛立ち始めている学を見て、楽しんでいる。年上(一歳だけだが)の面目躍如。
「例えば、私がこうやって魔法を放ったとする。ほれ」
下向きに小さい炎魔法を放つリリィ。絨毯に燃え移る。
「うわっ、室内は魔法禁止ですよ!」
「大丈夫、対極魔法で消すから。ほら」
氷魔法で炎を囲んで密閉し、鎮火する。
「ほらね。ホー君たら焦っちゃって可愛い」
「いや、見事に手遅れですよ……」
確かに消えたが、絨毯の端は焼けこげている。如何に魔法でも元には戻せない。
「ありゃ、これは弁償かな」
「全くもう」
「まあそんな事はいいとして。今私が放った神通力は、どこに行ったと思う?」
「どこって、今炎と氷に変わって……消えたっていうか、天に還ったっていうか」
「ほんと~に~?」
完全に学の反応を愉しんでいるリリィ。学はフン、とそっぽを向いてしまった。
流石にやりすぎたと思ったのか、リリィが慌ててヒントを出す。
「まあまあ、分からないのも無理はないわ。ホー君は魔法を使う時、使った神通力が全て相手に伝わると思ってる?」
「あっ……そういう事か」
学はヒント一つであっさり閃いた様子だった。何かを掴むには、もう少し時間がかかると思っていたリリィは、呆気にとられた。
――理解が早い。基礎は完璧に習得していると見て間違いなさそう。この様子だと、師匠はよほど優秀だった様ね。教える方においても。
「神通力から魔法に変換して体外に出す時、伝導率は100%ではないという事ですね?」
「そうよ。どんな達人でも……最強の魔女たる私でも、95%が限界ね」
そこまで話して、リリィはパン、と両手を叩く。そのアクションは彼女の中で、本題に辿り着いたという意味を持っていた。『よくできました』と言っているのだ。
「じゃあ、次の問題は……」
「残りの5%はどこに行ったのか、という事ですね」
「そゆこと。私はこれを『星屑』と呼んでいる。だから最初に言った通りなのよ、ホー君」
リリィはサッ、と腕を振り回し、何かを掴んで見せた。
そして学に接近し、ホタルを見せる様にそっと、掌を開いて見せた。
「ちょ、近いです……って!?」
学が覗き込むと、掌に、美しい光球ができていた。
「星屑を、拾い集めればいいのよ」
***
「掴んだわね、ホー君」
そして、ショウと学の戦いはターニングポイントを迎えた。
学は両手を開いて、前拳を顎に、後拳を鳩尾に構え、正中線を守る。『捌き』のための右構えだ。
――あの光、魔女の光球と同じなのか?
ショウは正体不明の光を警戒し、遠距離を保つ。
先程の刺突は、間違いなく素手で起動を逸らされた。
にも関わらず、学の手は傷を負っている模様が全く無い。鋭い切先を素手で捌いたのに、である。
「……神通力を、拳に留めたか!」
蒼がやっていた様に、体全体に神通力を回して銃弾を防ぐ事はできるが、ピンポイントに拳に集中させ、それを秒オーダーで保持するのはかなり難しい。だが学ほどの手練れなら、それぐらいはやるだろうとショウは見ていた。
だが問題はそこではない。
学の神通力は、初撃の炎魔法――不発に終わったあの一撃――で、空になっている筈なのだ。
そこから先の詠唱は、ショウが潰して来た。だから、学は神通力の補充をできていない。
「なのに何故、神通力を宿せられる!?」
「……」
今度は学が摺り足で、ショウとの間合いを詰めて来る。
無駄口を閉ざしている。集中している証だ。
「チィッ!」
ショウは自ら間合いを詰めた。待っていても自分の神通力が先に切れそうだったからだ。
刺突を二発、三発と繰り出していく。
「……」
先程は鉄籠手を着けている左手だけで防御していた学。しかし今度は、両手を使って槍を『いなして』いる。神通力に守られた右手は、やはり一切の傷を負っていない。
「まだまだァ!」
回転数を増していくショウ。終わらない槍の連撃、その全てを学が払い、軌道を変えていく。
結局一発もヒットしないまま、ショウは再び距離を取った。
――平面の攻撃は通用しないな。なら……次はこれだ。
ショウの体が浮き上がり、観客から期待の歓声が上がる。一回戦でチョーヒリュウを仕留めた空中からの超スピードアタック。あの音速に匹敵する速さを、期待しているのだ。
「いくぞ!」
「……」
重力加速度と、そこに風魔法による推進力を加えた、まさに竜撃と呼べるその真空槍刺突は、観客の誰の目にも留まる事はなかった。反応できる人間など、いる筈がなかった。
静寂を切裂いて、金属音が、鈍く長く鳴り響く。
「痛ぅ……」
「そんな、馬鹿な!」
だがそこに、鮮血は舞っていなかった。
ブラブラ左手を振って、痺れを取る学がそこにいた。最速の刺突は、左手の籠手で捌かれたのである。
頸動脈を狙った、必殺の刺突であった。
その勢いの余り、逆側の壁際まで来てようやく止まったショウは、驚愕の表情で振る返る。
「見えているのか……!? 俺の音速の槍が!?」
「いいえ。残念ながら、あんたの速さじゃ完全には見えない。けど『技の起点』さえ見逃さなけりゃ、あとは『読み』で間に合わせる。武術家とは、そういうモノでしょう」
「読み……だと!」
槍術家と格闘家の違いがここでハッキリと現れる。
槍使い同士なら、如何に優れた使い手だろうと、ショウの音速に迫る槍は捌けない。意志の伝達が武器に届く前に、仕留められてしまう。如何に動きが読めていても、これでは間に合わない。
だが徒手空拳の捌きは、武器のそれとは精密さのレベルが違う。使うのは自分の体の一部なのだ。
狙う場所を特定できれば、この世界の武闘家なら……法龍院学なら、捌ける。
もちろん、普通なら武器の硬さに指が千切れてしまうのだが……。今の学は、鉄籠手を更に神通力でカバーしている。加速度のついた槍の衝撃を、ギリギリで耐え切った。
ショウの必殺技が、破られた。
――これが、異種魔闘戦という事か……!
「……ここで、出す事になるとはな」
学は間違いなく、自分史上最大の敵である。
それを認めたショウは、奥の手の解禁を決める。龍槍が、妖しく光り始めた。




