第57話:拾い集めろ!
「ザマ兵士長、おはようございます!」
「オウ、ショウはいつも早ええな。俺の武器を磨いててくれたのかい」
「えへへ……」
ショウ・デュマペイル十歳の冬。凍える様な寒さに負けず、朝から兵士長の槍の柄を磨いていた。
子供ゆえに軍では下っ端の彼だがいつだって高みを見上げていた。いつか、兵士長の強さまで辿り着くのだと。
「早起きの御褒美だ。稽古をつけてやるぜ」
「やったー!」
勿論、手加減されてなおボコボコにされるわけだが、それでもその強さに直に触れられるのが嬉しかった。
自分が、階段を上っている実感があった。
「やめとけやめとけ、ザマさんはモノが違うんだぜショウ」
「でも俺も強くなってるよ、ちょっとずつ! ね、そうでしょ兵士長!」
「はは、おめぇはまだまだスライムみたいなもんさね。だが上手くすればインプぐらいには成れるかもしれねぇぜ」
「ひでぇなぁザマさん、せめて人間の目標を教えてやれよ」
「むぐぐ~絶対強くなってやる!」
ショウは昼夜を惜しんで訓練に励む。戦場でも兵士長の後ろを、武器持ちとして必死について回った。
死の危険も伴う大事な役割であると、ずっと頭を撫でて教えられてきた。
「英雄ザマ、その首もらった!」
「おっと、高くつくぜ兄ちゃん」
不意打ちに対し華麗な脛斬りを決めるザマ。襲撃者の踝から先は、綺麗に切り分けられた。
「ぐああああ! 馬鹿な、槍をまるで刀の様に!?」
「出直して来な……っと、もうその足じゃ無理か。見逃してやるから、農家でもやるんだな」
「くそっ、くそぉぉぉ!」
悔しがる敵をしり目に、ザマは進軍を続ける。
「すっげぇ……」
英雄に憧れる少年は、痺れる強さを瞼に焼き付けながら、輝ける未来へ進んでいた。
そう、あの時までは。
「料理も上手くなったじゃねぇか、ショウよ」
「兵士長は味音痴だから、俺程度の腕でも満足させられてラクチンです!」
「言ったな、この~……ッ、ショウ、伏せろ!」
オフにじゃれ合っていた二人の間を、一発の弾丸が引き裂いた。
「てんめぇぇぇ!!」
ザマはすぐさま襲撃者を追い、槍の投擲で仕留めた。
だが、同時にザマの胸も撃たれていた。
「兵士長! しっかりして下さい!」
「良かったよ……おめぇが無事で」
「何で、兵士長が、こんな……」
「俺を撃ったの……この前、見逃した、あの、兄ちゃん、だった、ぜ」
「え!?」
ショウは目を凝らした。
遠間で倒れている襲撃者は、確かに脛を刈られたあの男だった。
「復讐……」
「そうさ……俺も、ねらわ、れてる、ことは、しってた、が」
「兵士長、喋らないで下さい!」
「ショウ……おめぇは行け、俺の先のレヴェル、へ……」
それ以来、英雄の息絶える瞬間は、一瞬たりとも忘れた事は無い。
見逃した雑魚に、兵士長は撃たれた。見逃さなければ、きっと今も生きていた。最強の兵士として……。
この教訓は強く強く刻まれ、成長したショウを強兵足らしめた。
「待て、もう動けない! 見逃してくれ、なっ、なっ!?」
「……逝け」
「ひぃ、ひぎぃぃぃぃ!」
どこを突けば殺せるか、どこを叩けば動きが止まるか……敵を逃がさないための技術を、殺しの技術を実戦で体得していく竜騎士ショウ。
いつしか彼は、無翼飛龍と呼ばれる様になる。尊敬と、畏怖を込めて……。
***
ショウの鎌鼬を、転がりながら避ける学の苦闘は続いていた。そう、その攻撃の質から「避ける」しか選択肢がないのだ。
――触れれば斬られる!
飛んでくる、斬撃。緊張を誘う攻撃だった。
この遠間を、こんな危険な攻撃で埋められては堪ったものでは無い。学は、遠距離攻撃に対抗するため空になった神通力を補給する事にした。
「炎神様、我に……えっ」
詠唱に入った学の目の前に、ショウが間合いを詰めて来ていた。風魔法よる加速であった。
槍突を躱さなければならない学は、詠唱を断念して鉄籠手で槍を受ける。
そしてまた距離を取ろうとしたが、間合いをすぐに潰される。これでは、詠唱ができない。
「魔法は一切使わせない気ね」
リリィはショウの徹底した間合い管理に関心した。と同時に、学のジリ貧具合に同情する。
「あんた、本当にここで終わる気……?」
「だったら……!」
学は詠唱を諦め、逆に自分から間合いを詰めた。至近距離からの、格闘術で対抗する道を選んだのだ。打ち合いを期待する観客が沸き立った。
「いいぞ、やれぇ!」
「そうだ、それでこそバトルトーナメントだ!」
いつの間にか戦闘神まで立ち見である。
「徒手空拳、ね。いいぞ、来るが良いホウリュウイン」
「……カァァ!」
息を吐くと同時に、鋭いワンツーがショウを襲う。
学は刻突きと追い逆突きを連続で放ち、近間を保ったまま攻め続ける。何発か肩や顔に当たっているものの、ショウが後ろに下がり続けているため威力は伝わりきっていない。小ダメージだ。
だが、徐々に壁際まで追い詰めた。ここで満を持しての前蹴り……。
「おっと」
――かかったな!
「スリャアア!」
と見せかけた、高速軌道変化蹴り!
その奇襲は、見事にショウの側頭部を捕えた、かに見えたが……。槍の柄が、頭をガードしている。紙一重のタイミングで、ガードを間に合わせたのだ。
そして不安定な体勢になった学の隙を、見逃すほど竜騎士は紳士ではない。
「シュッ、シュ!」
「うっ、ぐっ、うおお!!」
攻守交替、今度は竜騎士による刺突の連打。鉄籠手でガードする学だが、リーチの差は凄まじく何度も皮膚を抉られる。
槍相手では、格闘家得意の「捌き」が通用しない。いくら達人でも、素手と槍ではどうしても分が悪いのだ。
「そえっ!」
気合い一閃、学の足が石突で刈られる。背中から倒れた学の頭を、龍槍の切先が狙う。
「チェックメイトだ!」
「くそっ、くそっ!」
まだ体力は十分残っている。なのに目の前の男を倒せないのか。目的を果たせないまま、自分はここで死ぬのか。走馬灯の様に、ゆっくり時間が流れている気がした。
『勝ち目を探せ。今までに得た情報から』
師の言葉が蘇る。
『勿体ないなぁ、武闘家で魔術師でしょ? 勿体ないなぁ』
昨夜のリリィの話が、蘇る。魔法について、ヒントを貰っていた事を今更思い出す。
『私が詠唱をしてないって? そりゃそうよ、だって私は……』
そう、学にはまだできる事がある。魔女がくれた、情報があった。
『星屑を、拾い集めればいいのよ』
「逝け、ホウリュウイン・マナブ!」
「おおおおッ!」
竜騎士必殺の下段突きが、学の頭を割った。
かに見えたが。切先は地面に突き刺さっていた。
――馬鹿な、狙いは完璧だったはず!?
何千と人を殺して来たショウの目測が誤るはずもなく。
その切先は外したのではない。外されたのだ。
対戦相手の、手刀受けによって。
「まさか!?」
「学さん、それは!?」
「……掴んだわね。ホー君」
その手刀は、白く光っていた。神通力の輝きだった。
――そう。これが欲しかったんだよ、リリィ。
追い討ちをせず、距離を取る竜騎士。そして男は静かに立ち上がる。
法龍院学は、『魔闘家』である。




