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第56話:敵は味方のふりをする

「無様だな」


 観客席からダヴールがあきれ顔で呟く。初撃を躱された学の混乱は続いている。


 竜騎士ショウが学の炎魔法を躱せたのは、学が魔術師である事を事前に知っていたから。

 ショウの言葉はそう言う意味にしか、解釈する事ができない。


「何故、どうやって知ったのだ……」


 学は息を整えながら、思い返す。

 学が魔術師である事実を知る人物は今大会で二人しかいない。

 リリィには交渉の材料として、自分から話した。だが彼女がショウに話す事は有り得ない。彼女は、学が勝つとは思っていなかった。ともすれば、ショウに少しでも傷を負って貰いたいと思っていた筈。

 だから学有利の状態を保とうとしたはずだ。


 ――リリィさんは違う。もう一人はまあアレだし、他に誰が……。


 他の参加者には炎魔法を披露していない。そうなると、ショウは自分の洞察力のみを頼りに正解に辿り着いたのだろうか。


 ――いや、そう言えばどこかで……誰かに見られたか?


 少しずつ、時間が巻き戻る。一回戦では使っていない。見られているとしたら、もっと前。

 予選では確かに使ったが、全員に全治一ヵ月近い怪我を負わせた。彼らから情報は得られまい。


 ――では、一体どこで……確かその後、尾行されて……。


『私も、日本から来たんです』

『……は? 平和? 学校?』


 ――そう、そしてその時、頭に来て……。


「ああっ!?」


 記憶を遡り切り、奇声を発する学。

 ショウとの距離を警戒しながら、観客席を見渡す。

 蒼と目が合うと、彼女は堪らず伏せた。可愛らしい程に分かり易い反応だった。これはもう、確実だ。


 ――おまえが犯人かぁぁーーッ!!


 そう、学は蒼に炎魔法を使ってしまっていたのだ。

 そして蒼は、昨日結構な時間をショウと共に過ごしている。恐らくあの時に、学の情報を流していたのだ。まさかアホの蒼が、そんな情報戦を展開しているとは夢にも思わなかった学が眉をしかめる。


 落ち着かなければ。

 大きく息を吸ってふぅ、と空気を吐き捨てる。

 そう、他の誰でもない。自分の詰めが、甘かっただけの事。蒼が味方だなどと、誰も言っていない。

 あまりに自分にベタベタして来るから。あまりに言動がアホっぽいから。勘違いしてしまっただけだ。


「その顔、どうやら理解したらしいな」

「ええ、一応ね。僕が全て悪いって事をね」

「どうだ? 『知られている』事で、強い筈の人間でもこんなにも弱くなる」


 一旦地上に降りたショウは、頭上で槍を旋回させながら喋る。二人の距離は実に10m。流石に遠間すぎて喋る余裕があった。


「そして君は、俺がこういう戦い方をする事を知った。次は逆の結果になるかもしれない」

「……へぇ、意外に弱気ですね?」

「何度戦っても絶対無敗だと思えるほど、俺は強くない。俺は……弱い。弱いんだ」


 絶対有利の筈のショウの表情が険しくなる。学は、ショウの闘争心を下げるチャンスかもしれないと思い、会話戦を仕掛ける。


「絶対無敗の人間などいませんよ。人はいつか負けます。あなただって負けます。負けないとしたら、それは神だ」

「いいや、俺は最強でなければならない。不敗の境地に、永遠に居座らなければならない。『二度目』のチャンスを与えなければ、俺は敗けない」


 ショウは石突で地面を思い切り叩いた。威嚇か、それとも自分に気合いを入れたのか。

 学は悟った。この男の闘争心は、萎ませる事はできない。24時間、いつでも人を殺せる男なのだと。


「だから、是が非でも俺は君を殺すぞ」


 一連の口上と、犇々と伝わって来るその気迫は、学と観客を十分に恐怖させた。

 事実、一回戦で槍使いチョーヒリュウはしっかりと殺されてしまった。次は学がああなるのだと、全員が予感した。

 魔女も、占い師もそう思った。


 ――ショウは、ホー君を見逃さない。殺されてしまう、のか……。

 ――学さんが私と当たらないために、ショウさんに勝って貰うつもりだったけど……。不味いな、結局殺されてしまう。


 ショウは片手で槍を持ち上げ、高々と掲げる。その様は、彫刻作品の様な格好良さであった。


「さて、お喋りはここまでにしよう」

「そうですね」

「既に『間合い』だしな」

「えっ……」


 持ち上げた槍を、振り下ろす。ただの素振りかと思われた、そのアクションが……。


「うっ!?」


 遠間にいた筈の学の頬を、切裂いた。


 ――鎌鼬、だと!?


 間髪入れずに、二撃三撃の鎌鼬が学を襲った。ここは既に、ショウの間合いなのだ。

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