第55話:百点満点の一撃
法龍院学のとった構えは、半身の体勢に、左の前拳。
体術に覚えのない人間でも、なんとなく理解できてしまう。この姿勢は中段突を狙っていると。
ショウの圧倒的スピードは一回戦で嫌と言う程見ている。そのスピードを逆利用して、一撃必殺のカウンターを撃ちこむための、右半身の『溜め』を作っているのだろうと。
――そう、思うだろう?
半分は正解。カウンターを狙っている事は間違いない。
だが右拳ではない。右の掌に赤く光る、炎の神通力。じわり、じわりと大きさを増していく。
――試合直前に詠唱を終えていて良かった。当分、この神通力は消えない!
第一試合途中から、人知れず詠唱を重ねていた学。神通力は満タンだ。
ショウは動かない学に対し、これまた距離を詰めようとしない。膠着状態が続く。
――動け、竜騎士!
達人同士の立ち合いは一撃で決着が付くという。二人の不動の時間が作り出す空気が、まさしくそんな結末を予感させる。
瞬き厳禁。観客は初撃に注目する。
「スゥ……」
息を大きく吸う学。ショウはその胸の膨らむ動きを見逃さず、一気に間合いを詰める。
息を吸っている間は、攻撃に移れない。攻撃は逆に息を吐くもの。それが武道、剣道の常識である。その常識を忠実に守ったショウの突進に、学は内心ほくそ笑む。
――かかった!
大袈裟に息を吸ったのは勿論わざとである。呼吸法は、『魔法には何の関係もない』のだ。
一回戦から、大事に大事に隠して来た、取って置きの炎魔法。初見では、絶対に避けられない。かつ必殺の大技……。
その初撃で、勝負を決めるのが学の戦略!
――炎魔法、第拾伍式!
右掌のカウンターが、遂に放たれた。ショウの測り知れないスピードを迎撃するのは、壁状に広がる広範囲かつ高火力の大魔法。
「えっ?」
「ま、魔法じゃねぇか!!」
「格闘家が、炎魔法だとぉ!?」
敵が魔力を持たない体術師だとタカをくくった状態ならば、例えどんな魔術師でも……ショウでも、リリィでも、魔王でも。この一撃を初見でかわす事は、絶対にできない。
一回戦から丹念に積み上げた、必勝の先手が炸裂した。
「やったか……!?」
観客席のリリィが呟く。彼女も、学が勝つにはこの初撃次第だと考えていた。そして学は魔女の目から見ても、百点満点の一撃を放った。
「勝ったぞ! 竜騎士ショウ・デュマペイル!」
必殺の獄炎がようやく消え失せる。もはや、ショウの体は一片も残らず消え失せて……。
「えっ……」
ふわりと浮き上がった自分の前髪に、全てを悟った。それは、風魔法による攻撃だった。
竜騎士は、空に居る。
「な、何故だ!?」
「風魔陸式ッ」
強力な風魔法に、吹き飛ばされる学。上手く地面を叩いて受け身を取ったが、ダメージは深刻だ。
体では無い。会心の一撃で決められなかった、彼の精神がだ。
宙を舞うショウと、地べたを這う学が向かい合う。
「僅か一撃で勝ったと思ったか? ホウリュウイン」
「嘘だ、避けられる筈がない!」
「フッ、フハハ!」
あっという間に間合いを二間半まで詰められる。そこは既に、ショウの槍の間合いである。
気合い一閃、ショウの真空槍刺突が飛ぶ。
「せいあっ」
「痛ゥッ」
鉄製の籠手でギリギリ切先をいなす学。だが切先の後ろから、加速度の乗ったままの石突が現れる。
「ゴッッ!?」
石突部で心臓部を思い切り叩かれる。一瞬、鼓動が止まってしまいそうなほど強烈な打撃を受け、学は後方へ吹っ飛ぶ。驚くべき事に、風に乗った竜騎士のスピードはその吹っ飛んだ学さえも追い越した。
「ぐぅぅぅむ」
「休ませんぞ、ホウリュウイン!」
乗り過ぎたスピードに、ブレーキをかける竜騎士。そしてそのまま切先で、倒れ込んだ学の心臓を狙う。的の大きい胴部の、しかも一撃で決められる部位を狙う。この男は、余りにも殺し慣れている。
「くおっ!」
転がって切先を避けた学が、そのまま勢いで飛び起きる。しかしまだ体勢はショウが有利、いや空中に居る限り、永遠にショウが有利だ。切先が学に飛びかかる。
「せぇぇぇい!」
「ッ、ぐはあっ!?」
切先をかわした学であったが、横から来る薙ぎ払いに反応できず、モロに胴打ちを喰らう。
槍の切先は最も殺傷能力が高いが、槍の技の中では『不確実な部類の』攻撃手段である。槍の恐ろしさは、薙ぎ払いの力強さにこそあり。
横腹に打撃を受けた学は、悶絶しそうな程の痛みを必死で耐える。
「ぐぇぇ……」
「終わりだ! 逝け!」
動きを止めた学に、空中からショウの刺突が迫る。今度こそ殺す気である。
その場から動けない学が選んだ一手は……。
「ちぇぇぇいッ」
「むっ?」
根性で『誰もいない空間』へ放った水面蹴り。無意味なアクションと思われたが、巻き上げた砂埃が学の姿を隠し、切先が僅かに逸れる。
「くっ……逃がしたか」
砂埃が晴れた頃には、学は長間へと転がってエスケープしていた。脇腹を押さえつつ、呼吸を整えている。
大魔法から始まった、超一流の戦士二人の息もつかせぬ派手な攻防。大満足の観客から、万来の拍手が飛ぶ。
「凄いぞ、二人とも!」
「何てレベルの高い戦いだ!」
「これだよ、こういうの見たかったんだよ!」
――うるさいんだよ、馬鹿ども。防戦一方の人間に拍手なんてしやがって……。
拍手などでは学のショックを払拭できない。
何故あの初撃が。自分が丁寧に丁寧に事を運んで漕ぎつけた、必殺の大炎魔法が。
初見、無情報、カウンター。全ての条件が自分に有利に働いたはずの一撃が。
「何故、避けられるんだ! 有り得ない!」
「あの炎魔法の事か? 不思議がる事は何もないだろう」
「初見で避けられるわけがない! 絶対に!」
「避けられるさ。知っていれば、な」
――知っている、だと!?
学はその言葉に、ますます混乱するのだった。




