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第53話:カーテンコール

 一回戦を見る限りリリィが警戒していた参加者は魔王、ショウ、ダヴール、そしてこのトーマスであった。クライドも違うベクトルで最警戒していたが。

 ユンケルとの一回戦で目を見張ったのはその神通力の持続時間。あの時は30分程度だったが恐らく倍の一時間は持つだろうと魔女は見ていた。


 実際、(リリィは見ていないが)試合当初は蒼の神通力が切れるまで待つ余裕まであったのだ。魔女の予想も恐らく外れてはいない。


 二人は同じ様な長さの詠唱を終え、神通力をキャッチする。持続時間に差がある為、ここからは時間をかければかけるだけ蒼が不利である。


 ――勝負は、私の予知に全てかかっている!


 普通にやれば負ける。何故ならトーマスの雷魔法を、ここまで蒼は全く回避できていないからだ。痺れさせられた後で、一回戦の様な本気の大魔法を加えられれば蒼は黒焦げでジエンド。


 だから、予知。相手の先を百発百中で読み、先の先で動く。これしかない。


「これは、見逃せぬ大一番だな」


 戦闘神が身を乗り出す。両人が勝負手を思い描いている事を、この神は察知しているのだ。


 ――ミスれないわよ、私!


 自分にプレッシャーをかける蒼。一方のトーマスは、蒼に話しかける。


「ブラックサレンは、鎧を脱いでも強いんだよ」

「知ってますよ。私も漫画を読みましたから」

「へぇ、関節がむき出しなのを知っていたのはそのためか」

「まぁ、そうですね。娯楽も馬鹿にできません」

「蒼ちゃん、君もなかなか分かって」


 ――ここだ!


 ……『分かってるね』。そのRの発音があるかないかのタイミングで、ノーモーションの電撃が飛ぶ。

 蒼は集中していた。モーションを見てからでは絶対に避けられない。モーションの前の未来を見て、右足のステップで左に避ける。


「かわした!?」


 驚きを見せるのはショウ・デュマペイル。雷魔法の速度は全属性中最速を誇る。初撃を避け切る事は、蒼のスピードではまず無理だと思ったからだ。


「やはりな」


 確信を持って頷くのは、観客席最上段から人知れず観戦するクライド・クライダルであった。現状、蒼の予知に気づいているただ一人の選手だ。


 かわされた事に多少のショックを受けながらも、連撃を放つトーマス。


 ――やっべ。


 蒼にとって一番嫌なのは、『情報量で押しつぶされる』展開。近未来予知の弱点は、未来を見た後に行動するのは所詮、生身の人間であるという点だ。脳の処理限界を超えてしまえば、複数回先の攻撃まで理解する事はできない。


 一撃目は右に避けてかわす。二撃目は右に避けた先に飛んで来た雷撃を、左斜め前に踏み込んで避ける。

 避けながらの前進。これを繰り返し、ウィニングショットを叩きこむのが蒼の狙いである。ここまでは作戦通り!


 ――危なかった。三撃目は来ない、いける!


 一気に距離を詰める蒼。もう二人の距離は2mもない。蒼は左手を防御用に構えつつ、右手で土魔法発動のモーションを取ろうとする。

 しかし左手を掲げようとした瞬間、肩と腕に激痛が走る。ヒビが入っている部位が、軋みだした。


「痛ッ!? こんな時に!」


 その声を聞き逃すトーマスではなかった。蒼は目の前に飛んで来た雷塊を、避けずに左手で受けてしまう。


「あぐっ」


 雷撃を喰らえば問答無用で動きが止まる。その瞬間を、ずっとトーマスは待ち望んでいた。極大の一撃を放つために。


「来るわよ!」


 展開を予想していたリリィが叫ぶ。

 しかしもう遅い。距離は2m。蒼は自ら、死の間合いに入って来てくれたのだ。


 ――雷魔法第弐拾式……。


黒雷くろいかづち!」


 蒼の座標に、天からいかづちが落ちる。まさしく、自然現象の落雷と同等の力を持った最大の雷魔法。相手を黒く焦がす雷神の一撃だ。


「ギリギリ……間に合ってくれたぜ」


 全ての神通力を使い果たしたトーマスが、その場にへたり込む。死力を尽くした壮絶な魔法戦は、トーマスの勝利で幕を閉じる。




 その刹那。砂利を踏む音に、気配に、背筋が凍る。


 ――土魔法、第拾玖式……。


「まさか!?」

土波羅ドハラ!」


 カーテンコールは未だ聴こえなかった。トーマスの背後の声の主は、織原蒼その人である。

 地面から出現した、幾連もの土の剣山が、トーマスの四肢を貫いて、骨と肉を露出させる。


「ごっ、ぐぉぉお!!」


 最凶の近接魔法を直に喰らったトーマスは、死を覚悟した。だが、全身の臓器や心臓は綺麗なままである。


 ――命があるだけ、めっけもんか。


 痛みに気を失いながら、微かに笑むかつての少年。

 そこに膝をつく蒼の顔には、笑顔などなかった。そんな余裕など微塵もない戦いだった。


「落雷の直前の雷撃で、動きを止められていたのではないのか?」

「いや、あれは演技よ。動けているという事は、神通力でガードしていたって事。そして落雷が当たったと見せかけ、背後に回り極上のウィニングショット……。震える程の読み勝ちだわ」


 竜騎士ショウの疑問に、魔女が肩を震わせながら解説を添えた。持久戦に持ち込めれば、リリィの当初の予想通りトーマスの勝ちは堅かった。しかしそんな事がどうでも良くなるほどの一連の魔法戦は、魔女すらも感動させてしまった。

 決着を確信したレフェリーの声が轟く。


「勝者! 占い師オリハラアオイ!」

「へへっ……へへへっ……! やった……」


 今度こそ幕が下りた。再来する痛みと疲労、そして大歓声が、ようやく蒼に勝利の実感をもたらした。近寄って来る愛犬に寄り添われて、ようやく笑みを溢すのだった。

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