第52話:暴かれたヴェール
まず、関節に異物を埋め込んで動きを封じる。
次に顔面部に泥を流し込んで、顔を曝け出させる。
最後にその顔面部に向かって銃を打つ……。
名付けて、北風と太陽作戦。
「完璧な組立ね。あの子は論理的思考に優れているのかしら?」
「まぁ、そうかもしれませんね」
遅れて到着したリリィと学がコーナーから観察している。
「リリィさんのせいで最初の方は見逃したけど、恐らく蒼さんは突発の状況にも関わらずこの作戦を思いついた。土魔法しか攻撃手段がないのに、頭で上手くカバーしていますよ」
「ホー君のせいで最初の方は見逃したけど、土魔法の火力じゃあの装甲相手はジリ貧だものね。どうやって脱がせるかに焦点を当てた作戦に切り替えるあたり、頭がいいわ」
二人は朝の状況に驚き、状況の整理がつくまで組手を展開してしまったために到着が遅れた。にも関わらずお互いに非を認めていない様子だ。
「まあいいや。僕はもう行きますよ」
「見て行かないの?」
「見ますよ。誰にも自分の姿を見られない位置からね。第二試合の前に、やらなきゃならない事があるんです」
竜騎士との試合の前のウォーミングアップだろうか。学は誰からも姿を隠した状態で、それをやりたいらしかった。
「……なるほどね。まあ頑張りなさい、ホー君」
「最後に一つ。リリィさんは僕と竜騎士、どっちに分があると?」
「さぁね。私とショウは知り合いだけど、戦いっぷりを見たのは昨日が初めてよ。お姉さんからは何とも言えないかなぁ」
「……そうですか。じゃ、また」
そう言って姿を消す学を見送ったリリィは、溜め息を一つ吐く。
――残念ね。あの子は次で終わりだわ。せめて、死なない様に祈っててやるか……。
***
蒼の土魔法第拾弐式をクロスガードで迎え撃ったトーマスであったが、その予想を遥かに超える威力に焦る。
飛んでくるのはBB弾ほどの小さな砂粒である。
ガードしている腕部の装甲が、貫通こそしないもののベコベコと凹んでいく。
そして、弾の小ささ故にガードをすり抜けて顔の側面にヒットしていく。
――不味い、頭を守り切れない!
散弾の強みはその命中範囲。腕部のガードなど容易くすり抜けてしまう。
威力は通常の銃に一歩劣るため一発で致命傷とはいかないが、こう何発も立て続けに側頭部に当てられては……。
――不味い、意識が失神ぶ!
このまま耐え続ければ気を失う、どころか死ぬと判断したトーマスが叫ぶ。
「おぉぉお!! コマンド0xAB!」
「えっ」
蒼は大魔法の発動に集中していたため、予知にまで気が回っていなかった。
まさか、トーマスが捨て身の攻撃をしてくるとは……。
コマンド入力は正常に処理された。腕部の装甲接続が緩み、電圧が出力され着火、加速度に変換され黒の鉄腕が飛ぶ。
そう、飛行拳である。
蒼は反応が間に合わず、半身になって左肩に当てるのが精一杯できる防御であった。しかし鉄棒で思い切り肩をぶっ叩かれたのと同じ事。いや速度を考慮すればもっと悲惨、交通事故である。
「あぐぅぅぅ!!」
三角筋と上腕骨に亀裂が入る。またしても左腕にダメージを負ってしまった。
「あーあ、やった」
リリィが目を覆う。同じ女性として、やはりひいき目に見る部分があるのか、想像できるその痛みに同情する。
「組立は完璧でも、フィジカルの弱さがあるため一発で勢いを引き戻されてしまうな」
「そーね。私も人の事言えないけど、最低限体術は学んでる。あの娘にはそれさえない」
いつの間にか横に立っているのは竜騎士ショウであった。リリィも同意する。
体格の弱さ。それが蒼の最大の弱点であった。恐らくアリスの様な規格外を除けば、今大会最弱のフィジカルである。
「だが、これで技術屋も装甲を失ったぞ。勝負は五分……いや、頭部のダメージで失神寸前な分、オリハラアオイが有利か」
「いや、私が見るにあの技術士の本領は……」
リリィが言いかけたところで、トーマスは驚くべき行動を取り始めた。
「コマンド0xFF。全パージ」
「おっと、自分から脱ぐか」
リリィも驚く。トーマスはブラックサンダーの鎧を全て脱ぎ捨ててしまった。これで彼は生身の技術者だ。
小さなヘコミが無数に出来た装甲を見て、彼は考えを変えた。このまま戦えば、装甲は恐らくこの試合で壊れる。それでは次の試合からは生身で戦う必要が出てきてしまう。
――俺の目的は鎧を壊してまでこの試合に勝つ事じゃない。優勝だ。
ここは温存して戦うべきだと判断したのだ。例え、不利があっても……。
「本領発揮ね」
「鎧を脱いだ今の姿が彼の本領? あの痩せっぽちがか?」
「分かってないわねショウ。あの技術屋の魔力は……少なくとも神通力の保持力だけなら」
蒼が肩を抑えながらも立ち上がる。そしてトーマスも、フラツキながら何とか持ち直した。
「魔女より上よ」
二人は、同時に詠唱を始めた。決着の瞬間が迫る。




