第50話:ハンドメイドヒーロー
この世界にはTVは存在しないが、お伽噺は存在する。
雑誌も存在すれば、絵本も漫画も存在している。その中でも子供達に人気なのがヒーローものだ。
技術者の息子であった幼いトーマス少年は、電気屋の仕事と平行してヒーロー漫画に眼を輝かせる毎日を送っていた。
「お父さん、連れてってよ~! 近いよ、今度は近い!」
「馬鹿、十もの街を超えなきゃならん距離のどこが近いべさ! 呆けた事言っとらんで働け! ほれ、そこに雷流せ」
「ぬぅぅぅ……」
漫画を模したヒーローショーが、地域巡業で近くに回って来た時は駄々をこねた物だった。
しかしトーマスの住居は余りにも田舎過ぎたためか、最も近くに巡業が来た時でも70キロは離れていた。無論、車は無い。
だとしても彼はどうしても見たかった。漫画ではない、三次元のヒーローのフォルムをその眼に焼き付けたかった。日増しに強くなる情熱は暴発寸前だ。
「母さん、トーマスがいねべさ!」
「あの子、まさが一人で……」
そして鉄のヒーロー・ブラックサレンの巡業が72キロ南方の街にやって来た時、彼は遂に家を飛び出した。誕生日に買ってもらった鞄に漫画本とお菓子を詰めて、ただ只管に南へ歩く!
「来た、来た!」
最前列に座り込む泥だらけの少年の周りには、小奇麗な貴族の子供達が距離を空けて座っている。そんな場違いな自分を一切気にせず、少年は紙とペンを握る。
――チャンスは一度だけ。しっかり記憶して、そして、そして……!
少年の胸いっぱいにワクワクが流れ込む。
だが開幕一番、そのハートはしなしなに萎む事となる。
「何だ、これ……」
少年の期待した、漫画作者さんが丹念に作り込んだ関節の設計や鉄の装甲は、見る影もない。動き易さを最優先に考えられた三次元のブラックサレンの衣装は、まるで黒のポリ袋だった。
「ふざけんなー! お前らそれでも職業人かぁぁぁーー!!」
怒りに任せた雷魔法を炸裂させる。舞台を壊滅させた少年は、もう誰にも期待していなかった。
「もういい、俺が作る!」
魔装甲の開発と平行して、観賞用のブラックサレン改めブラックサンダーの作成がこの時始まったのだ。
***
トーマスは一回戦終了直後、腹部の治療を終えると実家へ向かった。
「まだ動いちゃダメですって! お腹を縫ったんですよ!?」
「うるさい! 今がその時だ!」
自慢の愛機マライアンはほぼ完全に破壊された。当初はこの一機のみで戦い抜くつもりだったが、この大会のレベルを甘く見ていた。元々闘技場とは無縁な生活を送っていた彼には、まさかユンケルの様な獣人まで参加しているとは予想していなかったのだ。
しかしトーマスにも維持がある。神になって、この世界に電子製品を流行させるという野望がある。
だが、生身で戦い抜く自信など一ミリも無かった(最強格のリリィが彼の魔力に一目置いていた事など知る由もない)。
それどころか、このままでは命まで危うい。何としても代わりの装甲を持ってくる必要があった。
竜のタクシーをチャーターし、一路実家へ。トーマスは開催国の出身であったため、闘技場が実家から500キロと、比較的近い距離にあった事が幸いした。往復ならギリギリ第一試合に間に合う計算だ。
「トーマス、おめ大会はどうしたんだべ!?」
「まさか、お前を使う事になるとはな……」
両親の困惑を無視して、二年前に完成していた観賞用の愛機・ブラックサンダーに手を掛ける。
観賞用といいつつ、関節と装甲の設計は漫画とほぼ同じ。それどころか、電子回路まで組み込んで動作テストまで終わらせていた。
要するに、壊すのが勿体なかったから観賞用にシフトしただけなのである。
「行ってくるぜ、父さん、母さん!」
「やめれトーマス! 世界に恥ば晒す気か!」
「龍使いのおっちゃん、行ってくれ!」
黒い鎧に身を包んだ青年……否、『大きい少年』は、再び闘技場へ舞い戻るため龍を飛ばす。
そして第一試合に見事間に合わせた。若干の遅刻はご愛敬である。
***
「チョッピングライト! チョッピングライト!」
「うわぁぁ、タンマ、タンマ!」
足が痺れた蒼に放たれた一撃は、顔面の横を掠め地面に激突した。蒼は転がりながら、執拗な下段突きを無理やり躱していく。
――よし、痺れがとれた!
素早く立ち上がると、今度こそ土魔法第七式を放とうとするが……。
「させるか!」
「痛ッ!? ああ、もうまた!?」
またも雷魔法で動きを止められる。止められるだけならまだいいが、徐々に体や脳にもダメージが蓄積されているので性質が悪い。
弾丸ならば止められる。リリィの様に肉眼で見て止められはしないが、神通力で弾丸をガードするぐらいなら魔術の初歩の初歩である。だが、同じ魔力を持った雷魔法の前では神通力の膜はダメージを軽減するのが精一杯だ。
――どうする、使うか!?
蒼は一瞬迷った。その思考の間隙を縫って、ガシャリと響く鎧の関節音。遂にブラックサンダーの必殺技が炸裂する。
「コマンド0x10、ブラックインパクト!」
「あぐっ」
鉄の右アッパーをガードした蒼の左腕が、嫌な音を奏でた。
――折れた!? いや、ヒビで済んでるか……!?
どちらにしろ、痛い。叫び出したいほど痛い。恐らく、この試合が終わってもずっと痛い。
だが今は、試合の緊張感が本来の痛みをいくらか軽減させてくれている。まだ、彼女は戦える。
――考えろ、あの動きを止めるための論理を!
ガシャリ、という金属音がまた響く。同時に、蒼の脳に天啓が舞い降りた。




