第47話:情報交換
――右のナイフ突きと見せかけた、左のジャブ!
未来は見えた。蒼は間一髪でクライドの先制攻撃をかわす。
だがその動きが、ますますクライドの疑念を確信に変えていく。
「やはり見えているな」
「見えてませんてば」
「俺の目は確かだ。決勝に上って来るのは、恐らく君だろう」
「もちろんそのつもりですけど、予知能力なんて持ち合わせてないんで。魔法で勝ち上がりますから」
その台詞の終わり際に、クライドは一気に距離を詰める。
右の前蹴り。蒼には当然見えていた。が、左脇腹から予想外の出血が発生する。
「えっ!?」
蒼は慌てて距離を取ると、クライドの右足を注視する。
試合では見せなかった、つま先に光る仕込み刃が確認できた。
「何でもありって事ですか」
「そうだ。俺に有利な、こいつだって使う」
クライドは拳銃を取り出した。如何に離れているとはいえ、普通なら蒼が圧倒的に不利だ。
そう、普通なら。
「君ならかわせるよな? その異能で」
「……」
「遠慮なく行くぞ」
「……いい加減に」
トリガーを握るクライドの指に、突然冷や汗が流れる。
蒼の表情と、声色と、雰囲気が変わったために。
「いい加減に、して下さいよ」
蒼は一歩、二歩と近づいて来る。拳銃を持った相手に『近づいて』来る。
クライドの20年以上の殺しのキャリアの中でも、珍しい行動であった。
そして蒼の接近とほぼ同時に、背後から殺気を感じる。
「むっ!!」
咄嗟に横に飛び、振り返って正体を確かめる。
そこに居たのは、蒼の愛犬マーガリンであった。
「……犬!?」
「ステーイッ!」
襲い掛かろうとする愛犬を、蒼が声で止める。クライドは右側の犬と、左側の蒼を交互に見る。蒼の顔は、まだ強張ったままだ。
そしてしばらくの間、両者は膠着状態に陥った。
――この状況で、この屋外戦で、俺と五分だと言うのか。
勝算があって仕掛けた奇襲であったが、無傷で済む保証が無くなってしまった。クライドは蒼への、いや蒼と犬への警戒を解かぬまま、後ずさる。
「そういう事か。オリハラアオイ」
「……」
「決勝で会うのが、お前でない事を祈っている」
意味深なクライドは闇に消える。と同時に、蒼がへたり込む。
「ありがとう、私の可愛いマーガリン。ありゃ、腰が抜けちゃった」
***
「魔法の事って言ったってねぇ」
「あなたの使っている魔法が知りたい」
「別に、普通の魔法だけど」
リリィはなおもワインを呷りながら、学の質問をあしらう。
しかし学もしつこいもので、何度も食い下がる。
「あなたの魔法は、他の人とは違う」
「はぁ~しつこいわね。あんたに教えるわけないでしょ。企業秘密よ」
「僕の企業秘密は教えましたよ」
「いや確かにそうだけど、秘密の押し売りは止めてよね」
リリィは思案する。何故この男が、自分に魔術師だという事実を暴露したのか?
――試合中に魔法を封印したのは、次の試合に備えていた可能性が高い。この大会のレベルからして、隠せるのは一回戦が限界……。では何故今、私に喋る?
確かに、リリィは学が魔術師だという事実をショウにバラすつもりはない。リリィの中では、逆ブロックの中で一番警戒しているのがショウだからだ。トーマスもそうだが。
学には切り札を隠したまま戦って貰って、なるべくショウに傷を負わせて貰いたい。そこまで計算して、学は喋ったのだろうか?
――いや。彼は私から魔法の情報を得たい筈。なら、交渉の基本はWin-Winだ……。
アルコールに強い彼女の頭は、酒量に比例して良く回る。
そう、学はリリィに交渉を仕掛けている。つまり、学が魔術を使える事が、リリィにとって交渉の材料に……。
リリィは何かを思い出せそうなところまで来ていたが、どうしても繋がりきらない。
「どうですか?」
「……あなた、魔法は素人じゃないのよね?」
「ええ」
「今私からアドバイスを受けて、それであなたの魔力が劇的に変わるわけではない事、理解してるのよね?」
「ええ。しかし魔学に必要なのは、神通力と、工夫と……」
「そして師ね。よく分かってるじゃない。だからあなたに教えたところで……あっ」
リリィは口を押さえた。そして、『言わされた』事実に気づき、赤面した。
「あんた、いくつよ」
「24です」
「年下じゃないの。子供の分際で、私を試したわね!?」
怒り任せに飛んでくる杖を、学は右手で掴み取る。
「いや、あなたの洞察力には感服しましたよ。先生」
「ぬぅぅぅーー!!」
「返答は?」
ふぅ、と息をついて自分を落ち着かせたリリィ。ソファに腰かけて、大袈裟に足を組む。
「いいわ。交渉成立よ。あんたもどうやら、恥を忍んでその情報を出すらしいからね。」
「お察しくださり大変ありがたく思います、先生」
「その喋り方やめろ! 悔しいけど、私にも見返りは大きいみたいだし、教えてあげるわよ……で、まず何が聞きたいの? ホウリュウイン君」
「……勇者のあの魔法は何だ?」
学の問いで、リリィはまた勇者の最期を思い出し、目を拭う。
学は、見ないフリをした。
「あれは、単純にして究極の魔法。神威と呼ばれるものよ」
「神威」
「そうよ。誰にだってできるわ。あんたでも、私でも」
「誰にでも?」
「そう。詠唱時に、供物を『自分』にするだけよ。神に自分を捧げる代わりに、神の力を自分に宿すの」
「それってつまり」
「ええ。死ぬわ」
ルネサンスは、溶けて消えた。あれは、神の力に対し人間という器では、分不相応だったという事だろう。魔王を倒す前に自分と言う供物を使い切ってしまったのである。
「知識があっても、誰も使いたがらないわ。だって絶対死ぬわけだし」
「僕も嫌ですね。それを出来るのは、勇者ならでは、か……」
「ま、それを分かってるから神も『世界の危機』的な状況じゃないと、詠唱を無視するらしいけどね。ルネサンスが言ってた。下らない事には使えない魔法って事よ。自殺前の大暴れに使われたら堪ったもんじゃないしね」
学はしばらく考えたが、やはりこの情報は使えないと思った。死ぬのでは目的が達成できないので意味がない。なので、次の質問に移る事にした。
「じゃあ次はリリィさんの光球の話を」
「ちょっと、次はあなたの情報を寄越しなさいよ。それがフェアってもんよ、ホウリュウ……長いわね、ホー君と呼ぶわ」
「誰がホー君ですか」
「うっさいわね。シャワー浴びて来るから、大人しく待ってなさいホー君。あ、覗いちゃダメよ」
学は顔を覆う。だが彼には、どうしても早急に魔法を改良する必要があったのだ。
こうして二人は交代で睡眠をとりお互いの身をクライドから守りながら、重要機密を交換した。
そして、二回戦の朝が来る。




