第45話:来訪者
遠方からの参加者には大会期間中、専用の宿舎が設けられている。
住居が地理的に近い者を除いて、全員が同じ宿である。
それ故に、クライドの暗殺を恐れる声が後を絶たなかった。一応鍵付きの部屋を一人一室用意してはくれたものの、泥船の様に心許ない。
観客も参加しての夕食パーティも実施されたのだが、クライドがどこにいるかも分からないのにノコノコ出て来る選手はいない。……と思われたが、ダヴールとリリィだけは出席していた。
上座にはトーレスが光り輝きながら食事を摂っている。
リリィは、アルコールを入れないとやっていられなかった。直前に、あれだけの事があったのだから。
出席者も参加費の元を取らなきゃ的な発想で出席したはいいものの、勇者を失った悲しみにお通夜ムードが漂っていた。否、実際これがお通夜で間違いない。
「ルネサンスのアホ……何が勇者だ、勝手に死にやがって! 私の立場はどーなる!」
「あの最期は、崇高な景であったと思うが?」
「うっさいハゲ! 追悼の意味を込めて食ってるのよ。命あっての物種だってのが、何で分かんないかな男ってのは!」
ヤケ食いヤケ飲みで彼女のお腹は張って来ている。
ダヴールはナイフを握り、フォークで押さえつけたゴブリンのステーキを切り分けている。
その加重を支える皿にヒビが入ったが、陶片にも構う事なく肉を口に運んでいく。
「ふん、お上品な事ね。頭髪に反比例して人は上品になるのかしら?」
「そんなに飲み食いして、明日は試合になるのか? それとも魔王相手に既に試合を捨てたか?」
「……言ったでしょ」
ダヴールの眼前に、凶器の切先が寸止めされる。リリィが掴んでいたフォークを瞬時に逆手に持ち替え、ダヴールへ向けたのだ。
「最強は、この私よ。誰が相手でも関係ないわ。あんたもね」
「キャアアアア、喧嘩よ! 魔女と魔人が!」
出席者の女性が甲高い悲鳴をあげるが、ダヴールは構わず食事を続けている。その胆力にこそ、人々は冷や汗を流した。戦闘神がその様子を見てニヤつく。
――ふふ、食事などよりよほど我が腹を満たしてくれるわ。
「舐めてると、消し炭にするわよデカブツ」
「そうか。では精々気張るが良かろう」
ナフキンで口を拭くと、ダヴールは部屋に帰ろうとする。
「待ちなさいよ! 私が負けるっていうの!?」
その叫びに振り向かず、ダヴールは立ち去ってしまった。リリィは舌打ちを我慢して獣人街製のビールを再び呷る。
嫌な事を全部、アルコールに消して欲しかった。不幸なのは、彼女が酔わない体質だったと言う事である。
***
リリィは火照った体を引き摺りながら部屋に戻った。
アルコール摂取によって生まれたのは気怠さのみ……残念ながら頭はしゃんとしている。
それだけに、今日の選択に対するモヤモヤが残ったままであった。
――リリィ、リリィ!
「助ける、べきだったのかな」
彼女の目頭が熱くなったその時、ドアをノックする音が、小気味良く三回。
リリィは立てかけてあった杖を掴むと素早く立ち上がり、前傾姿勢でドアに密着した。刺客の可能性を考慮した、戦闘態勢だ。
「こんばんわ」
「……誰。私に何の用?」
「法龍院です。少しお話がありまして」
その声を聴いて、リリィの脳は凄い勢いで回転した。
――クライドではない。
――竜騎士でもない。
――レイムルでもない。何故、この子が!?
この男が自分を暗殺する利点はあるだろうかと、リリィは考える。
無い。リリィが死ぬ、ないし怪我をすればあの魔王が無傷で勝ち上がるだけ……それがこの男にとって有利に働くとはとても思えない。
――わざと中に入れて、目的を探るべきか。
「……待って。10分頂戴」
「はぁ、構いませんが」
リリィは扉から鏡台へダッシュした。擦れた左手で髪を可能な限り整える。
顔も言う程火照っていない事も確認した。化粧は会食に赴く前に済ませているから、そこまでおかしくない筈。準備万端を確信した彼女は扉を開けた。
「さぁ、中へどうぞ」
「うわ……凄い酒の匂いですね。どんだけ飲み食いしたんですか……?」
その言葉で、ピンと伸びていた彼女の背骨が曲がっていった。




