第44話:降臨
勇者は慣れない片足で何とかバランスを取りつつ、掲げた剣先をキープしていた。
魔王も、観客も、魔女も竜騎士も学も蒼も訝しむなか、ルネサンスは詠唱を始める。
「輝の神よ。我が器を供物として受け取り給へ」
それは余りにも短い詠唱であった。その短さから、大した威力は期待できないと誰もが思った。
勇者の敗北を、望まない事だとしても誰もが悟った。
――来た。
空から、何かが降って来る。雪だろうか、と観客は思ったが現在は暖かい時期だ。雪など降るはずがない。
ふわふわと舞い降りて来るそれは、きらきらと光っている。
その一粒が勇者に接し、じんわりと消えて行った。
「……え!?」
そしてその一粒を皮切りに、ゲリラ豪雨の様に大量の光が勇者に降り注いだ。
勇者は剣先を空に掲げたまま、黙ってそれを受ける。
「何が、起きているのだ?」
魔王にも何が起こっているかは分からなかった。振り続ける光の雨。その美しさに、観客は声を出すのも忘れて魅入る。
「魔女よ。何が起こっているのか、君には分かるのかい」
「……まさか、あいつ!」
竜騎士と魔女の会話の後ろで、魔人ダヴールもその光景を眺めていた。
「まさか、あれをやるとはな。流石は勇者と呼ばれるだけある。その覚悟は、敬意に値する」
学が身を乗り出す。
「見た事のない魔法だ。あれは神通力……いや、何かもっと違う……」
「私も、初めて見る魔法です。でも凄く綺麗……」
光の雨が降り止むと、今度はルネサンス自身が光を放ちだした。
戦闘神が拍手する。
「それを使うとは、天晴なり勇者ルネサンス! さぁ遠慮は要らん、我に見せてみろ輝の力!」
ルネサンスはそのまま、真っ直ぐにアスカリオへと歩いた。折れている筈の足で、歩いた。
「馬鹿な、破壊されているはず!?」
魔王の疑問を意に介さず、勇者は間合いに足を踏み入れる。
徐に上段に剣を構える。日本で言う示現流の構えだ。力強い構えと、虚ろな目。矛盾した状態に、魔王は合点がいかない。
それでも、今の魔王は戦いを愉しめる。剣を掲げ、闇の力を充満させる。次第に剣から黒い瘴気が滲み出る。
「面白い。来いルネサンス、最後の一撃である!」
勇者は斬り抜ける勢いでツヴァイハンダを振り下ろした。しかしその勢いと裏腹に、完璧に受け止める魔王の剣捌きを見て、観客は一斉に頭を抱えた。
だが。光が徐々に、魔王の闇を侵食し始める。
「私の暗膜が!?」
魔王はその底なしの魔力で、普段は自らの体をガードしている。勇者の輝魔法以外では、ほぼ破れない暗膜である。それが今まで、ギリギリの所で威力を逃がして来た。勇者の先制攻撃時に視力を失わなかったのも、この暗膜に寄る所が大きい。
その魔王の体が、徐々に、徐々に溶けていく。衣服は勿論の事、皮膚までもが溶けて消えていく。
「ルネサンス、今すぐ剣を放して! 早く!」
リリィが事の次第に気づき、悲鳴に似た警告を出す。
しかし勇者は見向きもしなかった。そしてその声を聴いて、竜騎士ショウと学が同時に気づいた。
「勇者の体も……」
「溶け始めている!?」
魔王は、そこまで聴いて勇者が何をしたのか理解した。
「そうかルネサンス貴様、神をその身に宿したか!!」
「……」
「死ぬるか、勇者!」
「輝りながら死ねるなら本望!」
輝度が増していく。もはや人々が見ていられない程に、勇者は輝く。
「ハハハハハ! どこまでも酔狂な男よ! 貴様とサシで戦えた事は我がいっしょぶヴぉばがらヴぉど」
正しい発音が光に吸い込まれる。魔王の口の皮膚が、喋りながらめくれ上がっていったのだ。
肉までそぎ落とされ、顔の骨が半分露出している。その状態でまだ、鍔迫り合いを続けている。
「アスカリオ、お前も凄い奴だ。真の決着は来世にとっておく!」
「ブヴォヴォ!」
「だが此度は、俺が貰う!!」
魔王の右半身の皮膚が完全に消え去り、肉の消費も加速していく。
遂に勇者が勝ち、世界が救われる。その瞬間へのカウントダウンが始まろうとしたその時。
勇者の全身が溶け切り、その場から消えてなくなった。
「姿をけ、消した……?」
「消したのではない。消えたのだ。この世から完全に」
理解のできないレフェリーに代わり、戦闘神は自ら審判を下す。
「勝者、魔王アスカリオ。試合終了だ」
余りにも唐突な最後に、観客は悲しみを感じる暇もない。
リリィは拳を握りしめ戦慄く。
――命を捨ててまで、最後まで人々の勇気を……。凄い男であった。
魔王は皮膚を失いヒリつく痛みも忘れ、勇者の消えて行った空を見上げて、勇者の最期に感じ入る。
こうして、一回戦の全ての試合が終了したのだった。




