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第39話:正義の不意打ち

勇者ルネサンスと魔王アスカリオ。実に二年半ぶりに、戦いの場に同じ二人が立っている。


二人は視線をぶつけ合う。フィジカル的に、アスカリオがルネサンスを見下ろす形にはなるが、問題は精神的にその視線に勝てるかどうかである。

観客は、その『視戦』がこの試合のバロメータの一つであると理解していた。もし勇者が目を逸らすようなことがあれば、既に気後れしている。やはり一人では、魔王には勝てないのだと。


だが、そこは流石の大英雄であった。魔王に対し強烈な殺気を込めた視線を、バチバチにぶつけている。


「肩の力を抜け、ルネサンス。せっかく貴様とまた戦えるのだ、楽しまぬと損であろう」

「楽しむだと? ふざけろ、お前をここで倒す、いや殺さなければ世界はまた闇に包まれるんだ。俺は、どんな手を使ってでもお前を殺す」


普段の大らかな人柄とは一転して、勇者の表情は強張っている。これは悪いわけではなく、むしろ良い意味で緊張に満ちていると言っていい。


「勿体ない。私は一度貴様達に倒された時、帝国の崩壊に対する焦りのみが先行していた。今となっては思う所がある。何故あの時、純粋に戦いを楽しめなかったのかと」

「……何を言っている」

「私は戦闘神様の細胞を分け与えられ、一命を取り留めた。その時からだよ、戦いに意味を見出す様になったのは」

「もういい! 黙れ!」


勇者は持ち込み武器であるツヴァイハンダを振りかざし、魔王の口上を止める。


「お前との間に必要なのは言葉ではない。殺し合いだ!」

「……」

「あとは剣戟が語ってくれるだろう。位置につけ、魔王アスカリオ」


魔王はやれやれ、とでも言いたげな表情で自コーナーへ下がっていく。

勇者のコーナーには、リリィとショウが立っていた。


「ルネサンス、この戦い」

「何も言うなリリィ。算段はついているさ」

「勇者、あれをやる気か」

「察しがいいじゃないか竜騎士。これを決めなきゃ、勝ち目は二割減ってところだ」


レフェリーは二人が所定の位置についた事を確認し、声を張り上げる。


「一回戦、最終試合! 勇者ルネサンスVS魔王アスカリオ! レディィィィ……ゴーッ!」


その声と同時に振り向いた魔王ルネサンスへ向かって、何か糸の様なモノが飛んで来た。

ピカピカに光った、ピアノ線の様なものであった。

自分の目の前まで迫ったそれを、魔王はポイントをずらしながらも避ける事ができなかった。


「ぐむぅっ」


狙いは、眼だった。アスカリオの左目に、ルネサンスの放った輝魔法第伍式……光尖コウセンが炸裂したのだ。幸い眼の芯からは外れているので、失明にはならないものの暫く左目は使い物にならない。


「ゆ、勇者様が不意打ち!?」

「馬鹿、試合開始後なんだから不意打ちなんて存在しねーよ! あれは作戦だ!」

「いきなり魔王の視力を削りに来るとは……エグい、エグいぞ勇者ルネサンスって奴は」


魔王は勇者に向き直る。しかし右目で見える正面の光景は、誰も写してはいなかった。

既に勇者は、左目が使えない魔王の死角に回り込んでいた。


「せええい!」


肩から先を両断しようとする勇者。しかし、ツヴァイハンダの一撃は想像以上に手前で止められた。魔王の筋力によって。


「つまらんぞ、勇者よ」

「はぁぁぁ!!」


魔王の言葉を意に介さず、ルネサンスは同じ切り口から斬撃を加える。分厚い魔王の筋力でも、複数回同じ道筋を通せば……肩から先を一刀両断にできる。そう勇者は踏んだのである。

だが、決死の二撃目は魔王にスカされた。


「むんっ!」


今度は魔王が愛刀で斬りに来る。体勢の崩れている今の勇者には、その振り下ろしに対する反応が間に合わない……。


「うおおおっ!」


筈だったのだが、ルネサンスのセンスの賜物か。腕を畳み手首の力を加え、ギリギリのタイミングでガードを間に合わせた。

しばしの鍔迫り合いの後、二人は溜まらず距離を取って、呼吸を整えた。


「この試合って……」

「ああ、レベルが高すぎる!」


観客は知らない。二人にとって、これがただの肩慣ローギアに過ぎないという事を。

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