第38話:真打登場
「学さん、今の戦いは参考になったんですか?」
「ええ。大いに勉強になりましたよ」
「へぇ~たったあれだけの攻防で学べる物があるんですねぇ。流石、伊達に学と名付けられてませんねぇ。興味があるんですか?」
「ええ、興味がありますね」
蒼と学は、試合を終えてコーナーに帰って来たリリィをまじまじと見つめる。
「あ~、無駄に疲れたァ……何よ、見てんじゃないわよ」
学は神通力の溜めを一切行わなかったリリィの魔法学に、興味を覚えた様子だった。対して蒼は明後日の方向で物を見ていた節があった。
「ほ~ん、学さんてリリィさんみたいなのがタイプなんですねぇ」
「はぁ?」
「えっ!!?」
また始まった、と呆れ顔の学に対し、凄い勢いで振り向くリリィ。
光球の代償でボロボロになった手で、慌てふためいて髪をとき始める。
「え、ホウリュウイン君、え、私」
「蒼さん、あなた徹頭徹尾ズレてますねぇ。興味があるって、魔法の事に決まってるでしょうが」
「あ、そっちですか……」
「……」
リリィは学を睨みつけると、走って去って行ってしまった。
「行っちゃいましたねぇ」
「あの、蒼さん」
「何ですか?」
「あなた、わざとやってないですか?」
***
息を切らしながら控室に帰還したリリィを、勇者ルネサンスが迎え入れる。
「心配する必要もなかったな。流石だよ、大魔女リリィ」
「うっさいわね! 全部あんたのせいよ!」
「ええ……何で勝ったのに不機嫌なのさ?」
勇者から奪ったハンカチで目を拭うと、彼の胸に拳を突きつける。
「次はあんたの番よ。あの化物、本当に倒せるんでしょうね?」
「もちろんだ」
「『一人で』、よ? 本当に大丈夫なの? 生きて帰って来れるの」
「……」
勇者はしばらく目を瞑る。ただ雰囲気を出す為のアクションではない。イメージトレーニングをしているのだ。
勝ちまでの過程を想像し、確信が持てるまで、勇者は決して目を開けない。これが戦いを前にした、彼の勝利への習慣なのだ。
そして遂に、ルネサンスは瞼をどけた。
「……ああ、間違いなく勝つさ!」
「それでいいのよ。杖でぶん殴って気合い入れてやろうと思ったけど、勘弁してあげるわ」
「はは、でも珍しいな。お前がそんなに気を遣ってくれるとは。お前にとっても俺は敵だろ?」
順当に行けばリリィにとって、ルネサンスは二回戦の相手である。
応援すると言う事は、敵に塩を送るという事だ。
「あのねぇ。私があの魔王と、もう一度やりたいとでも思ってるの? あんたが勝てば、取り敢えず最低限の平和は守れるのよ。その後に私があんたを倒して優勝する。一番平和な筋書きを望んでるだけよ」
「……そうか。そうだな、俺は優勝などどうでもいいが……平和を確保してからのお前との手合わせも、楽しみでないと言われたら嘘になるな。うん、それで行こう!」
勇者の人の良さに、魔女は苦笑する。
この大会の参加者は、皆相手を殺す程の勢いで挑んできている。
だがルネサンスだけは、リリィとの二回戦を『手合わせ』だと言う。彼女は殺す対象には入れていないのだ。
――そうさ、この大会で俺が殺すのは唯一人。
「リリィ」
「何よ」
「またな」
勇者は鉢巻を頭に回し、気合いを込めて結ぶ。そしてリリィに笑顔で手を振ると、闘技場へ向かった。
たった一人で、世界の平和を守るために。
「本当、甘ちゃんよアイツは。反吐が出る」
「だがあれで強いんだ。逆に付け入る隙が無いという事ではないか?」
背後にはいつの間にか竜騎士ショウが立っていた。リリィは特に仰け反る様子もなく、そのまま話す。
「そうね。駆け引きをしない馬鹿だからこそ、勇者足り得ているのかも……しれないわね」
***
闘技場では、勇者の登場に場内が沸き返っていた。
「ルネサンスーッ!」
「勇者様ー! お願い勝って!」
「世界を救ってくれぇぇ!」
声援というよりは、願いが響く場内。
これまでの試合は五分五分、そうでなくとも六対四程度の差だった声援比が、この試合に限っては勇者のみに集中する。
だがこの試合の相手は、あまりに強大すぎて、その声援は全く持って力にならないだろうと。勇者含め全員が思っていた。
その頃学と蒼は、逆側の通路に来ていた。蒼が魔王を直接見ておきたいと言ったためだ。
「また腰ぬかしますよ」
「勇者様に倒されちゃったら、もう見る機会ないじゃん! お、来た来た!」
その巨体は、あまりにも闇に染まっていた。電灯の無い暗い通路に、完全に溶け込むほどの黒。
一目で魔族と分かる、人ならざる容貌。
すれ違いざま、学と蒼が闇に染まりそうになる様な……そんな負の気を浴びせかけられた様な気がした。
そして、しゃがれた声で魔王に話しかけられた。
「法龍院学と、織原蒼か」
「え、私達を知っているんですか?」
「……」
蒼は驚き、学は黙っている。魔王は二人の足元から、頭までスッと目を流した。
「なるほど、異物だな。貴様達二人は、一回戦で負けておくべきだった」
「……」
「嫌な事言いますねぇ」
「きっと、良くない事が起きるぞ。戦闘神には、決して逆らうな」
そう言うと、眼を合わせない学の胸倉を、異形の手で掴み、引き寄せる。
「学さんっ!?」
「決して、逆らうなよ」
「放せっ……」
「勝てるはずがないのだから」
「言われなくても、誰があんなのを敵に回すか!」
学はつま先蹴りで手首を蹴り上げ、魔王の拘束から脱出した。
「ではな。良いつがいだぞ、お前たちは」
睨みつける二人の視線を浴びながら、魔王は闘技場に降り立つ。
勇者一色だった歓声は、その姿をみとめ、直ちに消え去ったのだった。
一回戦最後にして、世界の命運を賭けた戦いが始まる。




