第35話:自分だけの為に
医務室に運び込まれたレイムルは、未だに眼を覚まさない。魔女リリィと勇者ルネサンスが付き添っているが、しばらくは時間がかかりそうだ。
焼け爛れた腕。ほとんど裸になるまで破かれたレオタード(破ったのは自分だが)。美しさを保っているのは顔だけであった。
「顔は、残してくれたのかもしれないな。女性の幸せの為に……」
「あんた、殺されたいの? そういうのが侮辱だっていうのよ。戦士に対しての」
「お前も見てて分かったろう。あの魔人の実力を。あいつにとってレイムルは、手加減できる相手だったのかもしれない」
ルネサンスはリリィに杖で殴られる。彼女にとっては、同じ女性であるレイムルの戦いを「手加減された」などと言われては頭にも来る。
「痛いな、相変わらず」
「分かってるわよ。私の闘志を煽ってくれたんでしょ。じゃあ、神通力の準備をしてくるから」
「レイムルの分まで、とか思って気負うなよ」
「相変わらずズレてるわねアンタは」
リリィは黒いローブを翻し、医務室から去る。
――誰かのために戦う。そんな事で力が出るとは思わない。闘いとは、私の目的を達成するための手段に過ぎないのよ。
リリィは通路で歩を止めた。向かいから歩いて来た魔人から、眼を背ける事を彼女の意地が許さなかったから。彼女の横を、勝者ダヴールが通り抜ける。
「あんたさぁ」
「……」
「上って来なよ。面白いもの見したげるから」
「どうだろうな。お前の当面の相手も、楽に勝てる者はいない様だが」
「舐めんじゃないわよ」
虚を突いた攻撃だった。その場で回転したリリィは杖でダヴールの足を刈りに行く。
ダヴールはその水面打を、左の踵で止めて見せた。
「……最強は、私よ」
「それを決める場所は廊下ではない」
「ふっ、直ぐに分からせてやるわ」
二人は逆方向に歩いて行く。
ダヴールは踵が僅かに痺れている事に気づく。
「あれが、魔女か。確かに一味違うらしいな」
***
魔王討伐軍の三試合を目当てにしていた客は多い。
その第一戦目で早くもレイムルが敗北してしまったのだから、観客の不安はつのる。
「あとは魔女と勇者か。もしかして、二人とも勝てないんじゃ……」
「この大会、まさか討伐隊よりも強い奴らが揃っているんじゃないのか?」
ざわめきの中、魔女リリィが入場する。
今世最悪の魔女と呼び声の高い優勝候補の登場とあって、不安がっていた観客も沸き返る。
「あー煩い煩い。歓声とか要らないのよ、それで強くなれたら苦労しないっての」
リリィは耳を手で蓋して見せる。
「な、何だあいつ! 応援してやってるのに」
「やっぱいけすかねぇ女だぜ!」
実際は観客を味方につける行為はコロシアムでは重要な事柄だが、リリィはそんな次元では戦っていなかった。いつでも、どこでも実力を発揮できるように訓練をして来た、常在戦場の女なのである。
「格好いいですね~リリィさん! 学さんもそう思いません?」
「いや、別に……」
観戦している学は、蒼に話しかけられてもどこか上の空だ。先程のダヴールの試合のインパクトが、まだ拭い去れないのだろうか。
「レフェリー、いつまで待たせる気?」
「まぁ待て。まだ相手が来とらんじゃないか」
「とっくに来てるわよ」
「えっ、どこにだ!?」
「いーからさっさと始めなさいよ。さもないと……」
リリィが痺れを切らしてレフェリーに試合開始を促した、その時であった。
強烈な破裂音が、観客の耳を襲う。
「え、今の何!?」
「何の音!?思い切り何かを叩きつけた様な……」
観客が闘技場に眼を戻すと、信じがたい光景がそこにあった。
リリィが、頭から一筋の血を流している。
そう、既に戦いは始まっている。リリィの遠視の先には、観客席最上段に銃を構えた賞金稼ぎ……ジャンク・ボブチャンチンが座していた。
狙撃である。
「な、る、ほ、ど、ね。そういう事しちゃうんだ」
最強を自負する自分が一手、出し抜かれた事への怒りか。それとも戦いに対する興奮か。血を拭うリリィの目が、血走っている。もう誰にも止められない。
「教えてやるわ、ただの魔術師と大魔女たる私との違いを!」
杖を振りかざし、リリィが戦闘態勢を取った。




