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第34話:唯一剣

「囲まれたか……」

「魔装兵になったゴブリン達ね。どうする、ルネサンス。ここは私が魔法で……」

「待って」


魔王討伐軍時代。パーティの危機には、常に先頭に立って道を切り開いてきた。


「私が、道を作るわ」


そう言うと、こともなげに魔法を素肌で防ぎ、二・三匹の魔物を切り伏せて見せた。


「ふん、まぁまぁね」

「助かったよ、レイムル。流石だ」

「いよっ、切り込み隊長!」

「えへへ……」


勇者に褒められる事が、何よりも嬉しかった。世界を救う勇者のパートナーとして、どこまでも彼に尽くしたい。一人でも多く、彼の敵、世界の敵を倒したい。

それが彼女の血筋、魔法の効かない貝殻シーシェルズの一族の誇りだから。


***


一回戦のこの男を片付けて、二回戦のあの暗殺者も退けて、そして準決勝は勇者に勝ちを譲り、無傷で決勝に進ませる。完璧なアシストを計画していたレイムル。しかし……。


――効いていないはずがない! 私の雷魔剣が、効かないはずがない!


「驚いたぞ魔剣士。まさか二種類の魔剣が使えるとはな。まぁ、それよりも袈裟斬の方がまだダメージが通っているがな」


雷魔剣を喰らってなお、立ち上がったダヴールが、無造作にレイムルとの距離を詰めて来る。

レイムルは、まだこの試合無傷である。観客には、彼女の方が優位に立っている様に見える。しかし……。


その表情からは、美しさが失われ、必死さが産む醜さが表れていた。

戦闘神トーレスは、その表情を見てニヤリと笑う。


「いい顔をするではないか。余裕の笑みなどつまらぬ。決死の歪みこそ、戦の産む美しさよ」

「負けない……勇者様のため、何をしてでも!」


歓声があがったのは、彼女がレオタードの腹部と背部を、自ら破り捨てたためである。露出が格段に増え、男性客は興奮したが、勿論そういう意図ではない。


「退魔の圧を上げて来たか」


貝殻の一族が肌の露出を増やすという事は、魔法に対する耐性を更に引き上げるという事。減圧の次のステージ。すなわち『反射』である。


「オオオオッ!」


魔法に対する完全武装を作り上げたレイムルは、猛犬の様にダヴールの懐に突っ込む。

ダヴールは落ち着いて、盾を地面に垂直に構える。


――無駄だ、水魔剣第拾式ッ!


滝登タキノボリ!」


跳ねる飛魚の様に、美しい水剣が盾を飛び越える。そしてダヴールの胸部に直撃した。

鮮血が、水と共に飛び散る。


「どうだ! 魔王討伐軍を舐めるッ……な!?」


出血はしている。しかし、それは彼女の掴んだ手応えとはあまり掛け離れた、浅い裂傷であった。

無論、致命傷には程遠い。レイムルの魔法剣は、通じていない。


――なんで、何故なんで!? 魔族だって倒して来た私の魔剣が、何故この男には通らないの!?


くどい様だが、まだレイムルは無傷である。しかし攻撃を繰り出す度に、彼女の方が精神的に追い詰められていく。そして、ダヴールは遂に空の右手を構えた。


「無駄よ! 魔法なら、この素肌が弾き返す!」


両の腕を用い、胸の前でクロスガードを作るレイムル。これに耐えきれば、相手の魔力も尽きるかもしれないという『希望の防御』だった。


「な、何だあれ!」

「あれ、何か……ああ、何というか」

「凄く、綺麗……」


醜い禿を繕った魔人の右手がじわりと光り、やがて巨大な火壁ファイアウォールが繰り出される。

その赤光の美しさに、観客は魅了された。


そして両者はぶつかり合う。その衝撃の重さ、熱さにレイムルはショックを受ける。


「こんな、こんな事が有り得るの!?」



決して破れないハズの退魔の呪い。その不壊の力が、ダヴールの魔法の前に拮抗している。拮抗『させられている』。

一族の誇りを瓦解させる、屈辱であった。だが、今はその屈辱を感じる余裕すらない。敗北の二字が彼女の頭をよぎる。


――何も要らない、勝てるなら! 美しさよ、四散しろ!


「オオオオオッ!」


彼女には似合わない、火事場の馬鹿力。そのありったけの退魔力を振り絞って、火壁に立ち向かう。


「凄い……なんて凄まじい戦い……」


蒼も見惚れるほど、その闘いは色鮮やかであった。炎の赤と、圧し返す退魔の紫。

だが横にいる学は、鮮やかさから目を切って、ダヴールの表情だけを見ていた。


――まだ、余裕があるというのか。あんたには。


「ウォォオオアッ、アァァアーーっ! ぎぃぃぃー!」


レイムルの叫びは、もはや獣のそれだった。人は声を発する事で、耐えがたい力に抗する。そう、レイムルは人であった。


「健闘に頭が下がる。だが、ここまでだ」

「がっ、ぐあああーっ!」


勝てなかった。火壁の勢いが遂に抗魔力を圧倒し、レイムルは爆発に巻き込まれたが如く吹っ飛ばされる。


「ひ、ひでぇ」

「あれが、あのレイムルかよ……」


美しい顔はそのままに、焼け焦げた手や腕は、皮膚が損傷して爛れている。


「まだ……致命傷では……ないわ……」


それでも闘志は、絶えなかった。試合前に邪な目的で彼女を見ていた観客達は、初めてそれを恥じた。この女性のこの矜持が、この闘志が、自分達の生きる世界を守るために第一線で戦って来たのだと。


――最後の一撃ね……そして私は、この後もう戦えない……。


「あなたは強い。途轍もなく強い。だからその実力に、最大の敬意を払った技で締めさせてもらうわ」


魔剣と、腕の肉が露出した部分が青く光る。残りの神通力を全て解放し、命を賭した大技を放つために。

テンションの上がった戦闘神が立ち上がる。


「大したタマではないかあの女! 良いだろう、やって見せい!」

「火傷した腕を利用して!? レイムル、それはだめ!」

「止まれ! 勇者命令だ、棄権しろーッ!」


――水雷剣、唯一式……!


水滸伝すいこでん!」


縦に振り下ろされた剣筋が、水魔と雷魔を同時に産みだした。盾で防いだダヴールごと、水を含んだ雷が感電させていく。それでもダヴールには損傷を与えられない。だから、レイムルはダヴールに抱き着いた。火壁により退魔力を失った彼女の体に、自身の雷魔が襲い掛かる。


「私ごと、感電死しろぉぉぉ!!」


両者共倒れで決着かと思われたその時。会場中央を包んでいた雷の白光が、突如消灯した。

最後にして最大の魔法剣が、消滅した。


「なん、で……」

「……」


全ての力を使い果たしたレイムルが、ダヴールを見上げる。

今までの攻防。そして今自らの両眼に映る、その神々しさすら感じる姿。合点が、いった。


「まさか、あなたは……。そう、だったのですね……」

「すまないが決まり手がない。ここで、終わりにさせてもらう」

「ええ……分かりました……」


ダヴールはレイムルのコメカミを掴むと、決着のために地面に叩きつけた。

観客は、今までの例に漏れず静まり返っている。勇者と魔女が闘技場へ飛び出し、敗者の介抱に向かうのを見て、ようやくレフェリーがその名を叫んだ。


「し、勝者、魔人ダヴール・アウエルシュテットォ!」


蒼はその攻防に腰を抜かし、へたり込んだ。

その横では全ての攻防を見ていた学の拳が、震えている。

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