第33話:退魔の一族
盾とは飽くまで防具である。
足への奇襲があるとはいえ、基本的に攻撃には使わない。リーチが短いし、使う意味がないのだ。
つまり盾だけを持って来たダヴールは、武器を持ってきていないのだ。確かにこのルールでは剣や槍と盾を同時に持ち込めない。だから普通は武器の方を持ち込むのだが……。
そこまでレイムルは考えて、何か自分の中にある違和感に気づいた。
――私、この戦闘スタイルをどこかで見ている?
そんな気がしたが、流石に今記憶を整理する時間はない。戦闘に集中する事にした。
兎に角、あの盾がある限り間合いに入るのは容易ではない。ただの剣士なら、お手上げだ。
だがレイムルはただの剣士ではない。魔剣士だ。
「さて、覚悟はいいかしら?」
レイムルは剣をダヴールへ向けると、眼を細めて狙いをつける。
――水魔剣、第陸式……水蓮!
剣先から勢いよく放たれたのは、水で作られた剣であった。ダヴール目がけて直線状に飛んでいく。
盾にぶち当たり、ただの水に戻り飛び散っていく。ダヴールの顔面にも水がかかった。
防いだかに見えた攻撃。だがこれは囮であった。水蓮は、二つ放たれていた。
「……後ろか!」
塀に跳弾させて廻りこませた水剣の第二陣が、ダヴールの背後から迫って来た。魔力の気配を察知して振り返るも、盾を翳す暇はない。成す術なく水が腕に「突き刺さる」。
――やったか!? いや、浅い……。
レイムルの狙いは良くて腕の切断、悪くて神経を傷つける程度のダメージだった。しかし跳弾させた分、水圧が足らなかったのか。それとも巨人の分厚い筋肉が斬撃を防いだか。軽く出血しているだけだ。
「虚を突かれたよ。やるな」
「頑丈な事ね」
ダヴールの落ち着き払った言葉に、平静を装って返すレイムル。しかし神通力の貯蔵は、あと二発分しかない。使い切れば、詠唱が終わるのを待ってはくれるほど甘い相手ではない。
大きく息を吸った。次の一手が勝負だ。
――種は蒔いてある……決まる!
だが、先に動いたのはダヴールの方であった。レイムルの出足を狙った一手……。
「これは……炎魔法第四式!?」
火球が連続で飛んでくる。目視したレイムルは体を捻りながら、それらを皮一枚で躱していく。
だが、その避ける動作はダヴールによる誘導であった。右へのダッキングを予見して、ダヴールはそれを放っていた。
――炎魔法第漆式か!
そのレイムルは初見で何が放たれたか看破した。その上で、自分を取り囲むように群がって来る火群へと飛び込んだ。
万事休すか。討伐軍びいきの観客が目を覆った。
しかし。
「雷宙!」
その掛け声と共に、レイムルの健在が知れ渡る。それどころか、ダヴールの体が白く発光している。
雷魔剣第八式が炸裂したのだ。
観客がどよめきの声をあげる。
「レイムルすげえ! あの炎魔法を喰らって平気なのか!?」
「セイイイッ!」
気合いと共にダメ押しの袈裟斬を放つ。さしものダヴールも、遂に吹っ飛ばされて壁に激突する。
レイムルはそこでようやく残心を解く。
「相手が魔術推しで助かったわね」
「だな。体術でゴリゴリ攻めて来てたらヤバかった。負けていたかもしれん」
リリィとルネサンスは胸を撫でおろす。二人から見てもギリギリの攻防だったのだ。
「冥土の土産に教えてあげるわ。私が好きでこんな露出の多い格好をしてると思う?」
「……」
「私の肌は、特別製なのよ。退魔の性質を持っている、私の一族の特権よ」
この世界には、時たま魔法に対抗し得る異能が生まれる事がある。
レイムルの一族に突然変異が起きたのは二百年ほど前。魔物の大量発生時の切り札として、何れかの神が新生児の皮膚に退魔の呪いをかけた。
神通力を弾き、体内に留められなくなる呪い。その代わり、その肌に触れた神通力もまた、衰退する様になっているのだ。
ダヴールの炎魔法はレイムルの腕に触れた瞬間、その威力を殺されていた。そのために接近を許し、伝導体である鉄製の盾から雷撃を喰らってしまったのだ。
「私の剣は神通力を空洞内に封じ込める事ができる。柄部は完全に絶縁してある私専用の逸品よ。さぁ、命までは取るつもりは……」
その台詞の途中であった。レイムルの顔から笑みが消え、大急ぎで詠唱を始めた。
「天におわします神よ、どうかこの哀れな子羊に邪気を払う神通力をお恵み下さい、重ね重ねお頼み申し上げます、どうかこの哀れな……」
その早口が、焦りを物語っていた。
そして、ダヴールは立ち上がる。レイムルの雷魔剣によって焦がされたマントを、客席に投げ入れる。
落雷に匹敵する雷撃と、トドメのはずだった袈裟斬を喰らってなお、彼の体は……。
「無傷、だというのか!?」
「タダ者じゃない、どころの話じゃないわ。これは」
魔女と勇者も冷や汗をかく相手。
それでもレイムルは、神通力の補給を終えていた。彼女とて、まだ無傷なのだ。
「負けない。私は、負けない……」




