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第32話:誤算と幸運

 学はコーナー付近から試合を見物しようと位置を確保した。が、そこをまたまた蒼に見つかる。


「やー学さん、奇遇ですね。一緒に見ましょうよ」

「またですか……さっきまでショウさんと一緒にいたじゃないですか」

「おや、嫉妬ですか?」


 ニヤつく蒼に舌打ちをする学。流石に調子に乗り過ぎたと思ったのか、蒼も慌てて繕う。


「ショウさんはどこか行っちゃいました。もう十分だとか言って」

「で、僕のところへ来たんですか?」

「だって他に知り合いいないですし。学さん、凄く考えながら試合見そうだから参考になると思って」

「参考って何の?」

「決勝の」


 そう言えば蒼はこういう子だった事を思い出し、学は諦めの境地に立つ。

 だが捉えようによっては、これはこれで『弾除け』になる。勿論、クライドからの。


「まぁ蒼さんでも、いないよりはマシか……」

「でもって何ですか! マシって何ですか!」

「レディィィィ、ゴーッ!」


 そうこうしてる内に試合開始の合図が響く。学は蒼から目を切って、闘技場に集中する。


「おー、凄い集中してますね学さん。やっぱりレイムルさんですか?」

「……」

「え、マジですか? 学さんて結構スケベなんですね?」

「……」


 学は集中している。僅かな綻びも逃すまいと。


「えー、硬派だと思ってたのに。やっぱり、男ってそういうエッチな所見るんですね。確かにまぁ、あんだけ露出があれば誰だって」

「確かに禿はセクシーだと言われますが、僕はそうは思いませんよ。僕は日本人ですから」

「そうそう、あの禿が特に……えっ、そっち!?」


 蒼のツッコミの間に、試合は動く。


 ***


「レイムル! 分かってるわね!?」


 試合開始直後、西側コーナーからリリィが叫ぶ。余裕のない叫び方だった。


「そのデカブツ、『ガチでやらなきゃ勝てない相手』よ!」

「分かってる!」


 リリィもレイムルも、ダヴールがタダ者ではないと入場時点で見抜いた。フィジカルだけで見抜いたのではない。魔術師には、魔術師にしか分からない仕草がある。

 神通力の通り道……今までの経験で一番多く落ちて来た箇所を、『目で追ってしまう』のだ。

 神通力を発射する神にも癖があり、タイミングはバラバラだが似た様な場所に落とす事が多い。

 魔術師はそのツボを、詠唱時に確実にキャッチできる様する為の前準備として確認する。

 チョーや学の様に体術・武器術のみの使い手であれば、その仕草は絶対にしない(もちろん学は、この仕草を意図的に我慢した)。


 そしてダヴールがその仕草をした事を、魔女と魔剣士は見逃さなかった。


 ――この男は、魔術師だ。


 その恵まれた体躯からは、魔法を使う姿は想像できない。体術か武器術を鍛え上げた方が、楽に強くなれるからだ。魔法の習得には相当センスがなければ、年単位の時間がかかる。そこから極めようとすれば一生モノだ。そして体躯と魔法センスを両得している者は今までせいぜい一人か二人しか見ていない。勇者ルネサンスがその一人だ。


 だが恐らく、目の前の男は『それ』だ。魔剣士の勘がそう告げている。


「来ないのかしら? 女相手に、えらく慎重なのね。素敵な髪型のオジさま」

「……」


 レイムルが挑発して見ても、ダヴールは動かない。肘を軽く曲げ、左手に構えた盾を軽く突き出しているだけだ。フィジカルで劣るレイムルは、先に仕掛けたくなかった。だが膠着状態も良くない。先に溜めておいた神通力が持たない。


 ――仕方ない、何時ものやつで行くかな。


 レイムルはダヴールから見えない様に、光る銀髪から毛を一本だけ抜くと、人差し指と親指で捻じり始めた。そして二歩半だけ距離を詰める。お互いに推定している間合いに入る一歩手前だ。

 観客にも静寂と緊張が奔る。


 その時、レイムルは素早く硬質化させた髪の毛を口元に構え、吹いた。


「ムッ!」


 毛先がダヴールの右目に触れ、巨人が呻く。空気抵抗があるので届かせるのが精一杯だが、それで十分。目を貫こうと思っているわけではない。数瞬だけ視力を奪えればノーリスクで……。


「間合いが詰めれる!」


 既にギリギリまで近づけていた間合いを一気に詰め、素早く袈裟斬りを放つ。

 だがその間に視力を失っているダヴールは、盾を思い切り高く掲げ、地面に叩きつけた。


「ヌゥンッ!」

「何ッ!?」


 レイムルの剣はダヴールの盾に弾かれた。

 そこでレイムルは誤算に気づく。ダヴール自身が大きいので騙されていたが、持参のあの盾、思っていたよりも面積が大きい。レイムルの身長の九割ぐらいは長さがある。これでは剣は悠々と防がれてしまう。


 そしてもう一つ誤算がある。

 地面に盾先が突き刺さっている。恐るべき力で叩きつけられた証拠だ。

 もしレイムルがあと半歩、深く踏み込んでいたなら。


 ――右足の甲は、粉砕されていたわね……!


 危うく四肢の一端を持っていかれる所であった。だが、レイムルは距離を取りながら逆にほくそ笑む。


「誤算が二つもありながら、未だ無傷。今日は、私の方にツキがありそうね」

「……」


 ダヴールは、黙って盾についた土を払っている。

 会場は未だ、静まり返っていた。闘いはまだ、序章にすぎないのだ。

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