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第31話:美しき魔剣士

 第5試合が終わった後、当たり前ながら運営に観客から猛抗議があった。五人も死傷者が出たのだから当然である。


「ふざけんな! 入場料取っておきながら身の安全は保障しねぇのか!」

「命かけて見ろってか!? ならてめぇらが殺されても文句言うなよな!」


 流石に浅慮であった事を自覚したのか、運営は戦闘神トーレスに相談に行く。


「放っておけばいいのじゃ。余は先程の戦い、戦を見ている様で心地が良かったぞ」

「いえ、そういうわけには……この大会の運営も無料タダではありませんので、観客にソッポ向かれると不味いのです」

「はぁ……そういうのつまらんなぁ。仕方なし。余に任せておけ」


 闘技場に再び現れたトーレスが輝きながら叫ぶ。


「良いか闘技者どもよ~く聞け! 今後の試合において、対戦者同士以外の者を傷付ける事罷りならぬ! 加えて対戦者同士の者を闘技場に降ろす事も許さぬ。これらの法を犯した者は失格のみならず、戦闘神の名において厳罰に処す! 以上!」


 神ならではのその声量が拡声器要らず。全闘技者に届いた。


「まぁ、当たり前だな」


 ルネサンスがあきれ顔だ。まさかアリシアとクライドがあんな戦い方をするとは、運営は誰も思っていなかったのだ。だがそれ故に対応が遅れるのも仕方がない、では済まされない。


「事前準備が足りないのよね~。それくらいやる奴はいるでしょ、特にこの無法の世界ではさ」

「そんな事よりレイムル、調子は大丈夫か?」

「ばっちし。ようやく魔王討伐軍あたしたちの出番ね。行ってくるよ、勇者様」


 次の試合の西側闘技者、魔剣士レイムル・シーシェルズ。透き通る様な銀髪を、邪魔にならない様に後ろで束ねている。その様子をルネサンスがじっと見つめている事が魔女リリィには面白くなかった様で、二人の空間を遮る様に一言声をかけた。


「足元救われないようにね。まぁ、あんたの事だから心配はしてないけど」

「とーぜん。どこの馬の骨とも知らない奴に、神の座は渡さないんだから。私達のうちの誰かが優勝して、新しい悪の芽が生まれない様にしないとね。見てなって!」


 剣士は意気揚々と闘技場に向かった。


 ***

「なんて事だ……なんて事だ……」


 その頃、法龍院学は東側通路で頭を抱えていた。


 まず、公の場でクライドがここまで暴れ回るとは思っていなかったという事が悩みの種の一つ。

 蒼からクライド参戦を聴かされた学は、予選から本戦までの間、クライドの襲撃に備え続けて来た。お蔭で緊張しっ放しである。それも本戦が始まるまでの辛抱と思っていたが、蓋を開ければクライドは一般客も構わずに殺し始めたではないか。


 アリシアの様に狂気の持ち主はいつか正気に戻り、その瞬間に罪悪感に圧し潰されるものなのだが。人の目に触れようが、普段から正気であるクライドに迷いはないのだ。


 そして先程の戦闘神のルール改定。確かに試合中の邪魔は入らなくなったが、穴がある。

 学が最も警戒している『試合外の襲撃』に関しては何のルールも制定されていないのだ。


 ――そもそも、今日まで闘技者全員が無事なのが奇跡の様なモノなんだよな。はぁ、戦闘神が一言加えてくれればそれで済んだのに……。


 とにかく、人込みに紛れていたらいつ襲われるか分からない。仕方なく見通しの良い通路に留まっている学が、また一つ溜め息を吐く。


「む……」


 その学の目の前を、大男が通り過ぎていく。次の試合へ出場するために。


「……」

「……」

「ちょっと」


 無言で通り過ぎようとした男を、学の方から呼び止めた。


「何も、言わないんですね」

「何か、言う必要があるのか?」

「じゃあ僕から尋ねますよ。何をしに来たんですか?」

「答える必要はない。逆に聞こう。何の為にこの大会に出場した?」

「……」


 質問を質問で返され、黙り込む学。男はその様子を見て嘲る。


「答えられんか。そうだろうな、恐らく最も『軽い理由』で出場しているのだろうからな」

「……知りたくて、何が悪い」

「知ったところで、何も変わらん。それにそこまで辿り着けまい。二回戦のあの竜騎士にだって、お前は勝てるのか?」

「……分かりません」

「フッ」


 男は鼻で笑うと、闘技場へ向き直り歩いて行く。その一歩の力強さは、学と違いハッキリと自信に満ちていた。


「ダヴール・アウエルシュテット……」


 学は拳を握り込んでいた。しばしの間、クライドの脅威など忘れている自分がいる事に、気づかなかった。


 ***

 ルールで安全が保障された事で、観客には活気が戻っていた。呑気なものである。

 そして今日一番のお目当てが現れた事で、その種の客のテンションははち切れんばかりである。


「来た来た! 魔王討伐軍の実力者にして今世一の美女魔剣士!」

「うお~生で見れるなんて来て良かった~」


 高い鼻に整った顔、サラサラとした銀髪、そして男性の目を釘付けにするレオタード。

 魔王討伐時代から変わらない彼女の戦闘ファッションなのだが、ほとんど下着の様なその格好はその種の観客を興奮させる。


「お、お尻に食い込んでるぜ」

「前もなかなか際どい……ちょっと勃って来たよ俺」

「胸も結構あるんだな、初めて知った」


 その為だけに最前列に押しかけて来る愚者たちもいる。当のレイムルはそう言った気配など無視して、精神の統一を開始している。


 この手の男達には慣れていた。ルネサンスが自伝を出版している様に、彼女はこの世界では雑誌のグラビアを飾る程の人気戦士だ。その弊害として劣情に負けた人間から襲い掛かられる事も珍しくないが、彼女は全て地力で撃退して来た。魔王討伐軍のスタメンとして第一線で貢献して来た彼女にとって、今更人間の男など相手にはならないのだ。


「レイムルちゃーん、こっち向いて!」

「近くでもっとよく見せてくれよー!」


 だから、場違いな歓声も一笑に付す事ができる。

 しかしレイムルが努力するまでもなく、その歓声は止んだ。今度は対極から入場してきた男の出で立ちに、眼を奪われたためだ。


「えっ……」

「ごつい、いや何というか、ヤバイ……」


 ダヴールはその長髪を、レイムルと同じ様に後ろで纏めていた。だが一番の違いは、頭頂部の毛髪が抜け落ちている事だ。纏めているのはサイドだけである。

 個性的な髪型であった。


 だがそれ以上に、その整いながらも強面な表情に、そしてレイムルが子供に見えるほど屈強で巨大なフィジカルが、観客を静まらせた。


「へぇ……」


 レイムルが持ち込んだ剣を一度、素振りして気合いを入れ直す。

 ダヴールもまた、持ち込んだ盾を掴んでいる方の腕を、グルグルと回して重さを馴染ませる。

 そして、元のコーナーへ戻っていく。


「では、一回戦第六試合。レディィィィ……ゴーッ!」


 試合が始まる。そしてこの闘いは、誰も予想していなかった意外な結末を迎える事となるのだった。

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