第27話:見えている少女
「そこで学さんが言ったんですよ」
「へぇ、そういう性格なんだね彼は」
ショウは学の試合が終わると、闘技場内に設けられた喫茶テラスで蒼と会話していた。
もちろん、蒼に興味があるわけではない。次の試合の準備である。
「ねえねえお姉ちゃん」
「あら? ショウさん見て見て、お人形さんみたいに可愛らしい女の子が寄ってきましたよ」
「む……」
百戦錬磨のショウは、目の前の、十数歳ぐらいの幼子が放つその異質さを、感じ取った。
――強くはない。だが……存在が恐ろしく希薄。これはまさか……。
「オリハラさん、離れるんだ」
「どうしてですか? こんなに可愛い……」
「お姉ちゃん、ちょっと耳貸して」
「え?」
その時、蒼の背筋に悪寒が奔った。
***
試合場では、レフェリーが震えながら立っていた。
戦闘神トーレスが、誰も現れない闘技場を睨みつけていたためだ。
「始まらんなぁ~」
「そ、そうでございますね」
「始まらんなぁ~、おい」
「は、はい……」
クライド・クライダルとアリシア・イーブルスの両名。係員が必死に探すも、両者「元々いなかったかの様に」足取りが掴めない。
「失格に致しますか」
「な~にを申しておる。死にたいのか?」
「えっ、ひっ」
戦闘神が脇に携えていた、三又の矛がレフェリーの首元に寸止まる。
「余はただ楽しみにしているだけだ。楽しみを先延ばしにされるのは嫌いだがな」
「はいっ、はいぃぃぃ! 係員、急いで探せぇぇーー!」
***
蒼は、ショウに抱きかかえられていた。
少女はショウを睨みつける。
「何よ! おじさんには関係ないじゃん」
「よく分からんが、『他』を当たるんだな」
「そのお姉ちゃんが『良かった』のにぃ」
少女は怯える目を見せる蒼に、ニッコリと笑いかける。
「私、アリシア。決勝は、お姉ちゃんとがいいな」
「え、決勝って……え?」
「あの子は闘技者だよ。アリシア・イーブルス」
「ええっ、あの子が選手!?」
確かに、選手入場時に13歳の少女がいるとアナウンスがあった事を蒼は思い出した。小さくて姿が見えなかったが、目の前の儚い少女がそれだったとは。
「おじさんには興味ないから。じゃあね、これから試合なの。あ~あ、お姉ちゃん以外の人を見つけなくちゃ」
立ち去ろうとしたアリシアが歩みを止めて、振り返る。
「あとおじさん。あなたの後ろ、友達がいっぱいいるけど。そんなにいっぱい何したの?」
「え? 友達? いっぱい?」
ショウの背後には壁があるのみ。
蒼には何を言っているか分からなかったが、ショウには何を言われているかが理解できた。
「生きるとはこういう事だ」
「ふ~ん。あなたにもちょっと興味があるかも」
ショウは首を軽く振ると、一つ情報を差し出した。
「きっと、君の相手はもっと友達がいるぞ」
「おじさん、知り合いなの」
「有名なのさ、彼は」
「ふうん。じゃあサイン貰わなきゃ」
そう言うと、アリシアは音も無く立ち去った。
蒼は我に返ると、その場にへたり込んだ。
「ショウさん」
「何かな」
「腰が抜けました。手を貸してください」
***
「おまたせ~」
そして少女は遂に試合場に現れた。遅延行為にブーイングをかまそうとしていた観客も、その幼い容姿に毒気を抜かれてしまったか、思いのほか反応が穏やかだ。
「何をしていたんだね!」
「お人形さんを探していたの」
ただ一人、カンカンに怒るのレフェリーに一言で言い訳を済ませるアリシア。
「何をわけのわからん事を言ってるんだね。……と言っても、相手のクライダルもまだ来ていないからな……」
その時だった。レフェリーの目の前にいるアリシアの首筋を、一本のナイフが通り抜けた。
その殺意を孕んだ攻撃は、レフェリーの右背後から放たれたものだった。
「ひぃぃッ」
レフェリーの耳に掠ったか。耳たぶがパックリ割れている。
だが、首に直撃したはずのアリシア本人が、出血していない。ナイフはアリシアの体の向こう側、地面に突き刺さっている。
「きゃああああっ」
観客席で夫人が絶叫している。ナイフを投げた本人が、自分のすぐ隣にいたためだろう。
他の観客もその事実を確認すると、一斉に脇によけた。命の危機を、各員の体が感じ取ったのだ。
「会いたかったわ、クライドおじさん」
観客席から、黒い塊が飛び出し、地面に着地した。
遂に、顔をマスクで覆い隠した、世界で最も有名な暗殺者がその姿を現したのだ。
その瞬間、アリシアには見えていた。
「うわ……おじさん」
その声は引き攣っていた。
「……友達、多すぎない?」




