第26話:脳ある鷹たち
学は会場を見渡す。
西側のコーナーに、蒼とショウの姿が見える。二人が一緒にいるのは気になるが、取り敢えず目を切った。
少し離れて、魔王討伐軍――レイムル、リリィ、そして勇者ルネサンスの姿が見える。彼らがこの試合に興味があるのが意外だったが、一応覚えておく事にした。
――クライドは……いないか。そしてあそこにいるのが。
ひと際輝いているのは戦闘神トーレス。そこから少し離れて、一般人と比べて明らかに大型で、個性的な髪型をしたその男が、こちらを見ていた。
――……ダヴール・アウエルシュテット。やはり、なのか。
学はその姿を確認し、唇を震わせた。
「ホウ……リュウイン、まだ終わってふぁおらぬふぉ!」
ジョンが息を切らしながらも立ち上がった事に気づき、学はようやく視線を戻す。
が、そこで一手遅れた事をジョンは見逃さなかった。
「貰っふぁ!」
まだ呼吸が整わないままに突っ込んで来るジョン。
だが、思い切り突いた拳の先に学はいなかった。
次の瞬間、何かが顔にぶつかった。反射から目を瞑ってしまうジョン。
続けざまに首回りに衝撃を受けた。気づくと、いつの間にか地面に前のめり、倒れている自分に気づく。
「何だ!? 何なんだこれは、魔法なのか!?」
「ジョンさん、落ち着いてください。これは魔法じゃありません」
パニックになるジョンを、敵である学の声が落ち着かせようとして来る。
おかしな構図であった。しかもジョンは混乱から、学の位置を把握できていない。明後日の方向に向かって喋っている。
「なら何だ!?」
「体術ですよ、ただの」
ようやく学のいる方向を掴んだジョンが、またも学に襲い掛かる。
が、今度は真っ向から中段突きで切って落とされた。殴るモーションを取る事すら、許されなかった。
「なん……べっ」
「すみませんが、こっちにも事情がありましてね。あなたはこのまま倒させて貰います」
「何べっ、いままでお前ばっ、こんだに速ぐなかっだ!」
「騙していたつもりはないんですよ。普段からいつ戦いになってもいい様に、『ゆっくりした動き』を他人に植え付ける様にしているんです」
学は前半、ジョンの攻撃をギリギリでしか回避できないほど、緩慢な動きで対応していた。
これは彼お得意の技術の一つで、ゆっくりとした動作をわざと敵に覚えさせる事で、本気のスピードにいきなり変化した際に対応を遅らせているのだ。
「あっ、あれ私もやられたんです! 学さんひどい! 普段やたらフラフラ歩いているのはこのためだったんだ!」
「へぇ……」
蒼の体験談を、ショウは闘技場から目を切らずに聞いている。
――俺が見たいのは『この先』なのだが、どうやらそれは見れずに終わるらしいな。
そして学はそのショウの視線を理解していた。だから体術のみで決めようとしている。
ショウは軽い傷だけで勝ち上がった。明日にはほぼ万全にして来る可能性が高い。学にとっては間違いなく強敵――どころか、勝てるとは言えない相手。
仮にショウに勝ったとして、その先の蒼orトーマスもある。特に蒼は打撲だけで今日の試合を終えている。蒼に負けるとは思っていないが、自分がショウに圧勝しなければ、負ける可能性がある。
ついでに、蒼の『予言』も、少なからず学に不安を植え付けていた。
だから、学は次の試合、ショウに対して先手を取らなければならなかった。それも飛び切りの先手……すなわち一撃必殺を。
この試合を体術のみで勝利すれば、ショウは学が炎魔法の使い手だと知らないまま次の試合が始まる。その状態なら、炎魔法による先手がかなりの高確率で取れる。隙の多い大技だって、初見・無警戒の一発目ならば入る。
――その一撃で、勝負を決めてやる。
まだ目の前の試合が終わっていないのに、次の試合の組み立てを考えている。
一見、足元を掬われかねないお目出度い考え方だが、もう決着はついている。
「まだ、まだ終わってないふぉ!」
「終わっているんですよ。あなたの体、随分萎みましたね」
学にとって、ジョン博士は得体のしれない存在だった。自分が勝てる相手かどうかも、当初は分からなかった。だからスローモーションを植え付けながらの「見」に徹していた。
そしてジョンは上機嫌で手の内を一つ一つ明かしていった。そして魔力の人造に長い年月をかけたと彼が豪語した時点で、底が見えた。これ以上の手はないのだと。
勝負とは闇雲に力をぶつけ合う乙な試合だけではない。本当の試合巧者なら、底の見切り合いこそ勝負の肝なのだ。
学は、ジョンを体術だけで倒す算段が立ったので攻めに転じた。
試合開始時点、ドーピングで筋肉を増やしたジョンは、フィジカルで学と同等のはずだった。
だが、火の神通力の代わりとなる例の液体を大量に吐き出したあとは、体重が3キロは落ちてしまった。
それでいて、学の本気のスピードにはついてこれない。体重も、スピードも、テクニックも、隠しているが魔力も。全て学が上。勝てる道理は一つもなかった。
「では、トドメです」
「待っふぇくれ! まだワシの研究成果が」
「誇って構いません。僕に全力を出させたんですから」
学は、ジョンの頭部をアイアンクローで固定すると、思い切り地面に叩きつけた。蒼に見せた技と全く同じ。今度は寸止めをしなかった。
地面から伝わる、確かな手応え。それをモロに脳に当てられたジョンは、しばし楽園へと旅立つ事になった。白目を見せて涎を垂らすその様は、失神の明確な表現であった。
「部分的な全力を、ね」
「し、勝者! 体術家ホウリュウインマナブ!」
学は、ショウから真の姿を隠し切った。会心の試合運びに、思わず笑みが浮かぶ。
だが、ほくそ笑んでいたのはショウも同じだった。
「さて、オリハラアオイさん」
「ひぃぃ、私もあれやられたんですよ。ありゃ怖かったぁ」
「少し、お茶でもどうですか?」
「えっ!?」
学だけではなかった。既に、二回戦へ向けた策謀が渦巻いていた。




