第25話:それが一番大事
話は予選直後に遡る。
「法龍院学さん、あなたは日本人ですか?」
蒼の問いかけに正直、学の胸は高鳴った。
ずっと会いたいと思っていた同胞が、遂に現れてくれたのかと。
ずっと知りたかった因縁の手がかりが、遂に現れてくれたのかと。
その期待で、胸がいっぱいになった。目の前の小さな同胞を抱きしめたい衝動にすら駆られた。
「織原さん、あなたは」
「蒼でいいですよ。私も学って呼んでいいですか」
「いいですよ! 蒼さん、それであなたはあの世界でどうやって」
「私も、日本から来たんです。平和に朝ごはんを食べて、いつもの通り学校に行こうとしたら、ドア開けた先が何故かこの世界で!」
「……は? 平和? 学校?」
その言葉を聞いた途端、学の膨らんだ胸は一気に萎んだ。
それと同時に、ちょっとした破壊衝動が湧いて来てしまった。
「火神さま、ちょっと」
「で、帰ろうとしたらドアが無くなって……え、何ですか?」
「それっ」
「うひょあ!?」
腹いせに炎魔法第壱式を蒼の足元に向けて放つ(一応、怪我はさせない様に配慮した)。
尻餅をついた蒼は、慌てて開いた膝を閉じながら怒る。
「ちょー! いきなりなんですかー! 私が何したんですかー!」
「じゃあ、そういう事で」
「ちょっと待ってください、元の世界に還る手がかりが欲しいんです! そしたらあなたを殺さずに済むんですってば!」
「申し訳ないけど、そんなもの知りませんよ」
足早に去っていく学。忘れかけていた希望を思い出させられた悔しさから、眼に涙を浮かべていた。
そう、還れない事は分かっていた。
***
ショウは蒼と並んで学を観察し始めた。
「彼は、最小限の力で勝とうとしているんだよ」
「なぜ? 次の試合は明日、致命傷さえ負わなければどうとでもなりますよ! 私やあなたみたいに」
「そう、俺は擦過傷だけ、あなたは打撲だけ。だから彼は今、後手に回っているんです」
「ん~? 因果関係が分からん?」
一方試合場、ジョンは学がようやく口を開いたので上機嫌だ。
「ようやく被験者と喋れるな。どうだ、ワシの研究成果は」
「よくもまあ、薬だけでそこまで強くなりましたよ」
「卑劣と嘲るかね」
「まさか。強さを得る過程が一つだと思う程、愉快人ではないですから」
学は構えた両手を動かさずに喋っている。
この状態では、ジョンは打撃に移れない。体術素人のジョンでも、この体勢からならカウンターを取られる事ぐらいは理解できた。
「むしろ凄いと思いますよ。普通に強くなるより、ずっと難しい事をあなたは成し遂げた」
「嬉しいね、その言葉。君の様な強い人間を倒す事が、私の研究の成功を示すいいサンプルになる」
「僕を倒す?」
学は溜め息を吐いた。そして、腕をだらんと下げると、闘技場の土をつま先で蹴り上げた。
「ぬっ!?」
狙いが目潰しである事は明白。土が目に入る前に、ジョンは掌で顔面を守り、土を避ける。
そして視界がクリアになった時、学は目の前にいなかった。
「がぶっ」
突如、脇腹を激痛が襲った。前から蹴られているのかと思ったが、先程見た通り前には誰もいない。横からだろうかと、確認しようとすると激痛がもう一度奔った。
「後ろがほっ」
炎魔法の神通力の代わりとなる液体が、口から漏れ出た。
学が真後ろから、中段蹴りを二発放ち、そして今三発目をお見舞いしたのだ。
「げぶぅ」
喰らい際に、炎魔法を放とうとするジョン。
しかしその火種を吐き出そうと開いた彼の口は、学の足刀……左蹴上によって閉じられた。カチンという、歯がかみ合う音と共に。
そのままひっくり返り、脳天から地面に叩きつけられる。
「僕が何で喋り始めたか分かります?」
「な、なんへ?」
「あなたの『底』が見えたからですよ」
学は追撃をせず、会場を見渡した。
誰が自分を見ているか。それを知る方が、追撃より大事であったのだ。




