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第19話:逸話VS実話

 あの時、ゲントク軍は500の兵力で、3000の敵軍から撤退戦を行っていた。


「また10人やられた!」

「もう無理だ、走れねぇ」


 撤退戦の難しさは、退がりながら戦わなければならないという点だ。

 基本的に攻める方がスピードは速い。退却一辺倒では追いつかれ、大損害は免れられない。

 だから、一度相手にぶち当たり、追ってこられない様に後退させる必要がある。そして追って来られないタイミングを正確に見計らって、一気に退く。

 言うは易しだが、しかしこれが最も難しい。故に退却戦の上手い将は、高い評価を受ける者なのだ。


 そしてその戦場には、退却戦の雄がいた。


「お前ら、俺が圧し返したら一目散に退け」

「ヒリュウ将軍!」


 チョー・ヒリュウ。一人殿ひとりしんがり軍と呼ばれた槍将軍である。


 ***


「さて、俺の出番だな」


 ショウ・ディマペイルが槍を手に取り、闘技場へ向かおうとする。


「ウォームアップとか、本当にしないんですね」


 法龍院学が背後から声をかける。何とかショウの弱みを見出そうと今の今迄張り付いていたのだが、遂に何も見つけられなかった。後は試合中にボロを見つけるしかない。


「伝説の騎士は常に自然体、ですか?」

「いや。俺は常に最善を尽くしているよ。今はウォームアップより、君の情報を集める方がより優先順位が高かっただけの事だ」

「……収穫はあったとでも?」

「もちろんだ。君の戦略眼、見事なモノだよ。では、行かせて貰おう」

「武運を祈ってますよ」


 嘘だった。学は、できればショウが負けて欲しいと思っている。

 間違いなく、『二つの意味で』自分の苦手な種類の人間である。そう感じるからだ。


「学さん学さん」

「何ですか蒼さん。あっち行ってくださいよ」

「しょぼん……」


 だからこそ、学はショウの試合から目を離すわけにはいかなかった。蒼の相手などしている場合ではないのだ。


 ***


 ショウが闘技場に到着すると、会場は異様な雰囲気に包まれていた。


「あれが、伝説の騎士」

「目撃者は全て殺すために誰も戦う姿を見た事がないと言う、最強の兵」

「この目で見られるなんて……大会に出てくれるなんて!」

「案外小さいんだな。もっと大男かと思ってたぜ」

「ショウ様ー!」


 観客は、伝説に期待していた。

 その期待を感じ取ったショウは……殺気を押し留めるのに必死だった。


 ――こいつら全員殺してやろうか……。


 彼にとって、戦いを見られると言う事は企業秘密を公開されるという事。一厘の得もない事なのだ。

 戦いを見られれば、敗北、即ち死に一歩近づく。だから、見た者は全て殺す。それが彼の最善である。


 では何故この大会に出て来たのか。それは神になる為だ。

 神になって、戦いの螺旋から降りるためだ。だが、見られたら殺すという彼の習慣のせいか。どうしても嫌悪感を覚えてしまう。

 だがその嫌悪感は直ぐに払拭された。標的ターゲットが現れたためだ。


「大した人気じゃねーか。さすがは、伝説と呼ばれるだけはある」


 もう一人の伝説、チョー・ヒリュウ。会場が更に沸く。

 頭上で槍を回して弄んでいる。彼なりの威嚇か、観客のためのパフォーマンスか。

 ショウはその槍を意に介さず、チョーの眼だけをジッと見ている。


 ――なるほどねぇ。


 これはチョーなりの情報収集であった。手を止め、槍を地に立てるとショウを軽く挑発する。


「俺も伝説とか言われてるのさ。一人殿っていう」

「知っているよ」

「俺の場合はさ、ちゃんと目撃者がいるわけよ。逃がしてやった我が軍の兵士達が、ちゃんと見てるわけよ」


 チョーは喋りながらショウの全身を観察する。


「でもさ、あんたはさ。だ~れも見てないわけじゃん。あんたの活躍をさ」

「……そうだな」

「つまりあくまで逸話なわけよ。本当かどうかは分からない」

「何が言いたいのだ?」

「ぶっちゃけ嘘なんじゃないのかなってね。あんたの軍があんたのネームバリューを上げて、相手の士気を下げる。そんで戦争を有利に進めようとしたんじゃないか、ってね」


 チョーはショウの眼を見た。ここまで挑発しても、眼球はチョウの方を向いている。それでいて、穏やかなままだ。


 ――うん、こいつは強いわ。


「やってみれば分かる事さ。早く始めよう」

「ああ、そうだな。楽しみだ」


 レフェリーに言われるまでもなく、元に位置に戻っていく。

 そして振り向き、両者共に槍を構える。


「レディイイ、ゴーーーッ!」


 伝説同士の戦いが始まった。この二人の内、どちらかが消えるのだ。

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