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第133話:The Savior

 学は、天を見ていた。


 死ぬほど稽古した。

 魔術回路を壊した。

 神威を降臨させた。


 そこまでやって尚、仇を討ち果たす事は叶わなかった。


 自分の人生とは、何だったのか。

 やるだけやったから、悔いはない?


 違う。悔いはある。

 己の悔しさを表す星屑が、今も空気中に浮いているではないか。

 今すぐ、星屑を拾い集めて、あの邪神の首を切裂いてやりたい。


 しかし、身体が動かない。

 痛みだけではない。意図しない体の脱力を止められないのだ。

 力が込められない。


 許せない。日本の、世界の、地球の執念を背負って戦ったつもりがこのザマである。

 許せない。邪神トーレスが。

 許せない。自分自身の弱さが。


 あの戦闘神の高笑いを。消せるなら……誰でもいい。


 ――力を、貸して下さい。


 ***


 学とトーレスの産んだ衝撃波に吹き飛ばされたり、地割れに巻き込まれそうになったり、様々な被害に遭いながらもリリィ達は闘技場に戻って来た。


「も、もう終わっている……」


 遅すぎたのか。ショウが舌を打った。

 そこには高笑いを止めない戦闘神と、仰向けに倒れる法龍院学の姿が見えた。


 学は、既に人間の姿形に戻っていた。神威が体から剥がされている。


「ここまでなの……」


 リリィがふらふらと、学の方へ歩み寄る。

 戦闘神は、まだ背中を向けて笑っている。


「マナブ……」

「リ、リ」


 抱きかかえる妻。

 炎神の神通力が去り、もはや抜け殻と言ってもいい夫の体は、驚くほど軽く思えた。

 この戦いで、どれだけ体重が減ったのだろう。


「ま、だ、だ」


 やっとの思いで口を開いて行く学。

 闘いの意志を、誰にでもいいから伝えたい。

 誰でもいいから、戦う力を貸してほしい。


 リリィは、最後までその意志に応えたかった。


「魔神よ、神通力を……」


 両手で包み込んだ神通力を、学の胸に優しく分け与えていく。

 しかし、学の体の消滅は止められない。


 足が、手が。末端から点滅して、消えかかっている


「もっと、もっとだよ! 神様……」


 リリィの必死さも、神威の因果の前では無力であった。

 いくら神通力を注ぎ込んでも、学は神の世界に引っ張られていく。


 勇者ルネサンスと、同じ末路を辿るのだ。


「お願い、連れて行かないで! この人は、まだやり残した事があるの!」


 無理だと、本当は分かっている。それでもリリィは止めない。

 点滅の感覚が、短くなっていく。

 学の体が、存在が、どんどん希薄になっていく。


「何やってんですか、学さん」


 織原蒼が一歩進み出る。

 止める者はいない。もう決着はついているから。

 自らもトーレスに浴びたダメージがある。足取りはふらついているが、それでも学に近づいて行く。


「あれだけ止めたのに、忠告を無視して戦うから……こんな事になっちゃったじゃないですか」


 蒼は悔しかった。未来が見えていながら、そのプロセスを読み切れなかった自分。

 目の前の同胞を、救えなかった。


「私の気持ちを知りもしないで……」


 か弱い握り拳を、地面に向かって振り下ろす。

 鍛えていない拳が、痛む。その痛みで、自分を慰めようとしたのだ。


「身勝手なら、最後まで貫き通しなさいよ! 立て、日本男児! 立てぇー!」


 同胞からの、激励が飛ぶ。

 リリィも神に祈る。


「勝たせてあげて……お願いします」


 二人の涙ぐましい足掻きを眺めていた残りの一行だったが、ある事に気づいた。


「これは、おかしくないか」


 竜騎士が、この状況に疑問符を投げかける。


「ホウリュウインは、神威を使ったのだろう? なら時間が切れれば、彼はすぐ消滅するはずではないのか」


 確かに、そうであった。

 勇者ルネサンスは、時間が来たら猶予期間すら与えて貰えず、一瞬で消滅した。


 だが学は確かに消滅仕掛けているが、耐えている。存在が、確かに残っている。

 まるで、何者かが現世に学を引き留めている様である。


「……」


 トーレスも気づく。

 神威の因果に逆らって、この場に残り続ける学が不思議なのだ。


「何が、起こっているのだ……」


 期待と、そして今まで感じた事の無い感情が、戦闘神の胸に去来していた。


 ***


 学の心に、語り掛ける声がする。

 初めて聴く筈の声なのに、どこか懐かしく、どこか身近に感じる声。


 声の主の声量が、徐々に大きくなっていく。

 次第にその声が、自分の鼓動の音にリンクしている事に気づく。


 心臓が、少しづつ息を吹き返している。


 背中に、温もりを感じる。リリィだろうか。

 違う。これは人間の体温ではない。もっと抽象的で、神秘的なものだと学は解した。


 ――あなたは……。


「貴様は……」


 戦闘神トーレスは、話かけた。

 学の、その後ろで……薄っすらと、浮かび上がっている存在。

 自分の見覚えのない、その存在に向けて。


「貴様は……」


 未知の存在は、学に向けて掌を差し出す。

 学に何か、力を振りかけている。

 煌びやかな光である。


 ――神通力か、いや、違う……。余の知らぬ力なのか。


 少しづつ、少しづつ学に色彩が戻って行くのが分かる。

 点滅していた法龍院学の生命が、再び色を付けた。


 やがて点滅が止まり、手の指が動く。


 足の指が動く。

 膝。

 腹筋。

 背筋。

 肘。


 体力の復活を、学は感じ取った。そしてそれが、何者の仕業なのかも理解した。


「まさか、来て下さるなんて」


 顔を上げた学は、眼から涙を流していた。

 自分が、いや自分だけではない。

 故郷の人々が、夢見たその降臨。


「やっと、会えましたね。法龍院学」


 その姿を知る筈はない。そしてその存在を、知らない筈がない。

 肌身離さず、持っていたのだ。


「もう十四年になりますか。毎日、あなたを見ていましたよ」


 誰よりも、この方を待っていたのだ。


「貴様は……誰だ!? 誰なのだ!?」


 戦闘神は、自分の中に生まれた感情に逆らう様に、乱暴に問う。

 対照的に落ち着き払って、彼が名乗った。


「私は、太陽神ミトラス。またの名を……






 ――修行者・弥勒と申す者也」

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