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第132話:Cruel Hammer

 神性と神性の、正真正銘、生の神通力がぶつかり合う。

 その轟音で、彼女は目を覚ましてしまった。


「彼は……マナブは!?」


 トーマス・フルスロットルの背中におんぶされている事を悟ったリリィが、彼に問う。


「闘ってるんだよ、闘技場あそこでさ」

「戦うって……もうボロボロになってたじゃない! 一人で、置いてきたの!?」

「俺達がいても、邪魔になるだけだべさ。あの人は、神の力を……」


 トーマスが「しまった」という表情で口を紡ぐ。皆が彼を睨みつける。

 リリィは、その一言で全てを悟った。


「嘘……神威を、使ったの!?」


 一同が沈黙する。

 魔狩に引きずられている蒼も、ようやく目を覚ました。

 何を話しているのか悟り、がっくりと項垂れた。


「私は、戻る」


 背中から降りて闘技場へ向かおうとするリリィを、マルカーノの剛腕が止めた。


「放してよ!」

「行けば、お前さんも巻き添えを食うぞ」

「彼が死ぬなら……私も一緒に死ぬ!」

「馬鹿が! そんな事で奴が喜ぶと思うか」


 もがくリリィを、同じく目を覚ましたレイムルが平手打つ。


「落ち着いて」

「……そうだね。私が背中を押したんだものね……」


 一転してしょぼくれるリリィ。

 意地を捨ててでも、無様に這いずって生きる選択をすべきだったのか。

 矜持を曲げさせてでも、夫を止めるべきだったのか。


「私が悪いんだ、私が……」

「違う。悪いのはトーレスの野郎よ」

「……」


 リリィの背中を、力強く叩くレイムル。


「痛っ」

「死にに行くんじゃないのよ」

「レイ……」

「応援しに、行こう」

「行くぞ、大魔女。君が見届けなければならない」


 竜騎士ショウが、リリィの手を引く。

 リリィはとめどなく流れる涙を拭って、闘技場へ向き直る。


「……マナブ、今行くよ!」


 ***


 炎神と一体化した学は、トーレスに容赦ない打撃を浴びせ、炎の神通力を幾度となく叩きこんだ。

 既にかなりのダメージを与えている筈なのに、トーレスは、倒れる気配が無い。

 それどころか、徐々に動きが良くなっていく様な……。


「おおお、痛み! この痛みが産むモノこそ、余が数千年待ち焦がれたカタルシスよ!」

「付き合いきれぬ。地獄でやっていろ!」

「クハッハァァーー」


 自らの長身リーチと、三叉槍の長柄リーチを活かして、上段から打ち降ろす様に突いて来る。

 一撃一撃に、神性がこもっている。バチバチと、雷撃の弾ける音がする。


 人間ならば、掠っただけで皮膚が爛れ落ちてしまうだろう。

 だが今の学は、手刀受けで捌く事ができる筈……。


「何ッ!?」


 その右手刀が、神の槍に弾かれる。

 神通力の圧力が、明らかに増して行っている。


 ――馬鹿な、こっちも炎神シュルトの神通力だぞ!?


 戦闘神の心が躍り、それが神通力に影響している。

 よくよく眼を凝らしてみれば、身体を覆う魔力の層が、徐々に肥大化して言っている事が分かる。


 対して、学の神通力は神威の時間制限付きだ。

 勇者ルネサンスがそうであったように、時間が来れば学は消滅する。

 そうなれば世界は、終わる。戦闘欲が頂点に達したこの男が、間違いなく世界中に喧嘩を売るからである。


「さぁ。さぁさぁさぁ! 貴様が消える前に、決着を付けようではないか。炎神・法龍院学よ!」

「スゥゥ……」


 学は、基本を忘れない。もはや酸素ではなく炎を吸い込んでいるに等しいが、それでも呼吸法。

 神の力を持った、人間として戦うのだ。


「シェイラ!」


 頭上に気配を感じ、学は両手を掲げる。

 戦闘神の指先に呼応する様に、雷が学の頭上に落ちて来たのだ。

 技術士トーマスが呼んだ黒雷とは、比べ物にならない大きさ。炎神の力で持って、ようやく受け止められる威力の雷だ。


「ヌゥゥ!」


 炎の神通力で、何とか軌道を逸らす。しかしその隙に戦闘神自身が距離を詰めて来た。


「フハハ、シェラシェラシェラ!」


 その突きは威力だけではない。手数が尋常では無い。

 突いてから、引く。この引く力が強くなければ、この手数は出ない。

 人間のテクニックであった。


 戦闘神は地上で日々騒乱を起こす傍ら、人間の技術を貪欲に吸収していたのだ。

 闘技者の頂点である学の手刀受でさえ、弾いて突き刺すほどの回転をかけた鋭い突技。

 それに、神の威が加わった時。


 闘技場は、割れる。


「トーレスゥゥゥ!」


 防戦一方に回る事を拒んだ、学会心の両手掌底もろてしょうていが、トーレスの三叉槍と激突し、地割れを起こす。


 地震が発生する。


 二人はその天変地異を意に介すことなく、ぶつかり続ける。


 トーレスの雷槍刺突が、学の右肩の炎肉を抉り獲る。

 学の炎魔平突きが、トーレスの腿肉を毟り獲る。


 動けないほどの痛みが奔ったはずだ。だがその程度の痛みでは、トーレスの戦闘欲も、学の執念も、萎えさせる事は出来ない。


 まだまだ、ぬるいのだ!


「ミョルニィィィル!」

「炎魔法最終弐拾式!」


 二人同時に遠距離砲の構えに入る。


 ――師匠、あなたの技を使います!


「神性・皇帝波ボナパルト!」

「おおう、魔力比べといこうではないか!」


 意外にも静かにぶつかった二つの光。遅れて、耳に檄音が届く。

 忽ち鼓膜が破れかかるが、神通力が防いでくれた。


 コロシアムの倍以上の面積を吹っ飛ばす、炎魔法と雷神撃の衝突は、さながら核爆発。

 近くにいる(戻ってきている事は知らない)リリィ達も、ダメージを受けている事だろう。

 だが、その事すらも気にしている余裕はなし。


 ここで邪神を倒さねば、今までやってきた事が、人生ごと。いや故郷ごと無駄になるのだ。

 それだけは許せない。


 ――僕が死ぬ事はもう決まっている。ならば今を、全力で通過するのみ!


 爆撃に飲まれた二神の体は、ところどころ肉が剥がれ落ちていた。

 それでもスピードが落ちない。筋肉のテンションの総量が、まるで落ちていないのだ。

 この瞬間に、残っている筋肉の弾力が、爆発的に進化している。


「オオオオッ、感じるかシュルト! 我らはまだまだ強くなる! 我らなら、全ての並行世界を破壊し尽くせるぞ!」


 その無配慮な言葉に、学の怒りの張詰テンションは耐え切れず。


「その貴様の破壊欲が、今の僕を造り出した事を努々忘れるな!」


 その時であった。学は自らの右足が消えかかっている、その事に気づいた。

 時間がない。夢幻の究極魔法、神威の限界が迫っているのだ。


 次の一撃が、最後になる。


 ――勝負を決める一撃を、ありったけを右手に込めろ!


 右手に、神通力を結集していく。

 右の手刀が、熱きオーラを吸収して尖る。大きく鋭く尖る。


「スゥゥゥ……」


 胸が破裂しそうなほど、空気を吸い込む。

 自らの炎のせいで、二酸化炭素が多く残っている。その中から、使える空気も、使えない空気も、取り込んで神の動力源へと変換する。


「……終わるのだな。この夢の様な時間が」


 終局を悟ったトーレスも、一旦動きを止めて槍を頭上で回転させ、持ち直す。

 気合いを入れ直した。最高の好敵手に、至上の一撃を捧げたい……。

 などと言う、綺麗な気持ちではない。


「貴様を、喰い切って、喰い散らして、余は更なる戦いへと進もうぞ!」

「……」


 戯言に耳を貸さない。学は集中している。


 先の、先を取るために。


 槍の動きの、その先へ。神の反射神経を、凌駕する。

 その神技を持って、自分の人生の幕を引くのだ。



 神の三叉槍が、溜めを作るために僅か、ほんの僅かに引いたその時。




 学が、飛ぶ。



 選んだ技。それは神刀。


 ――皇親拳レティッツィア


 眼が潰れそうな朱光を伴った炎の刀が、戦闘神の首へ。

 一直線。一刀両断。


 一瞬の虚を、先の先を奪われた戦闘神トーレスの反応が……。


 それでも、間に合う!


「最後の贈答品である!」


 戦闘神は、学の神刀に胸を裂かれた。

 綺麗に抉り取られた肉の痕が、真一文字の勲章を作る。

 その痛みを置き去りにした、最終奥義。


 無慈悲神槌撃トールハンマー


「シェアラァァァァァ!」


 その三叉槍が学の胸に突き刺さった時、学は時間が来た事を悟った。

 間に合わなかった。


 ――日本の、地球の、両親の、仇を、僕は……ッ。


 回転する三叉槍の神通力が、炎神のあばら骨を砕いた時。

 学は、全身の力を脱力し、地に墜ちた。


「勝った、か。フハッ」


 笑う。


「フハッ」


 嗤う。


「フハハハァァァァ! ハァァァァーーッ!」


 トーレスが、笑う。それは歓喜の叫びか。無力な人間への、嘲りか。

 ラグナロクは、戦闘神トーレスが制した。



 その叫びの中で、学の体は点滅していた。

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