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第130話: Advent of God

「バウ! バウ!」

「……ん、マーガリン……か」


 主人を倒された魔狩が、学の頬を必死に舐める。

 魔獣の舌のザラッとした独特の感触に、学の意識は覚醒した。


「……これは……何故、皆が……」


 屍累々の惨状を見て、事態を察する学。


「ようやく、お目覚めか。呑気な事であるな」


 トーレスは額から少量の流血、腹部に打撲が見受けられるものの、ピンピンしている。

 この世で五指に入る人間が束になって挑んでも、ピンピンしているのだ。


「お前……!」

「早く起き上がって見せろ。退屈で仕方がない」


 学は、神経に命令を飛ばす。

 しかし、指一本動かせない。気合いは、十分あるつもりだ。

 だが気力で、体力を騙せない。それほどまでにダメージがあった。


「おい」


 四人と立て続けに戦い、テンションが振り切っている戦闘神は更なる戦いを所望である。

 学を睨みつけ続けている。


 ――馬鹿にするな。


 戦闘神に促されたから起き上がるのではない。

 その戦闘神を殺すために、自分の意志で立ち上がるのだ。


 それでも、身体が言う事を聞かない。


 ――ふざけるなよ。この日のために、生き永らえた命だろ!


 学を立ち上がらせたのは意地、矜持。その類の物であった。

 体中が、千切れそうに痛い。その痛みを、怒りで中和する


 ――こいつに、全てを奪われた。思い出せ!


 リリィも蒼も、目の前で倒されている。

 この期に及んで更に大切な存在を傷付けられた。

 ぶん殴る大義名分は十分。それでも、膝の笑いは止まらない。


「ふぅ」


 戦闘神は溜め息を吐いて、辺りを見渡す。

 気絶している魔女が目に入る。


 脚を掴んで、乱暴に引っ張り上げる。ローブの裾がめくれ落ち、透き通った肌が露わになる。

 その光景に、学が激高する。


「触るな外道!」

「そうだな……」


 リリィの両脚を、両手で持ち直すトーレス。


「この女を孕ませるのも面白いかも知れぬ。強い女と交われば、強い子が生まれるでな。人間相手と言うのも悪くない」


 ――殺してやる!


 その言葉で、精神が肉体を超えた。

 法龍院学が、青筋を立てて駆けてくる。


「世話の焼ける奴め。ここまでやらねば動けぬとは」


 トーレスはリリィを脇へ放り投げた。もとより、標的は学に絞っていたのだ。

 その瞬間に、学が超速の刻突きを放つ。


「せぇぇ!」

「何を勘違いしておる」


 その速射砲が、神の右手に止められた。


「ぬぅ!」

「もはや素の状態の貴様になど、露ほどの興味も無いわ」


 横蹴りを脚の節に放たれる。バランスを崩し尻餅を突く学。


「無様であるな。さぁ、早くしろ」

「……」

「出来ることなど、もう一つしかなかろうが?」


 ***


 トーレスの言葉が何を意味しているかは分かっている。


 ――誰にだってできるわ。あんたでも、私でも。


 リリィの言葉が蘇る。


 勇者が行使したところを見た。確かにアレなら、戦闘神に対抗し得るだろう。

 学は、ただ迷っているのだ。


 ――知識があっても、誰も使いたがらないわ。だって絶対死ぬわけだし

 ――僕も嫌ですね。


 かつての自分の言葉が、今の状況を皮肉っている。


 ――神も『世界の危機』的な状況じゃないと、詠唱を無視するらしいけどね。下らない事には使えない魔法って事よ。


 下らない事。今のこの状況を、神々はどう判断するのであろうか。

 果たして、自分がアレを使う事が、正しい選択なのだろうか。



 ……決まっている。圧倒的に正しい。

 踏ん切りを、つけるだけ。未練を、断ち切るだけ。


 倒れているリリィを見る。

 学はリリィが好きだ。この世で一番好きだ。

 未練とは、即ち彼女である。この決断は、彼女を裏切る事に他ならないのだから。


 ――やろうね、結婚式。

 ――指切り。約束を絶対に守る意思を示す、故郷の風習だよ。


 裏切りたくない。しかし、裏切らなければトーレスは倒せない。

 リリィと一緒にいたい。その想いが、最後の一歩を踏みとどまらせている。


『無様でも、生きていければ、良いではないか』


 心の中で、師が問いかける。


『平穏とて、戦いの連続だ。楽な道を行くわけでは無い』

「仇から眼を背けて、ですか」

『お前が相手にしようとしているのは、大自然の理の様なモノだぞ』

「違う。これは邪悪なる者です」

『諦めろとは言わん。見方を代えるのだ。奴の意に逆らって生き続ける事こそ、お前の復讐と言えるのではないのか?』

「……詭弁ですね」


 踏ん切りをつけようとする学の手を、心の中のダヴールが引っ張って戻そうとする。


『私は、お前に生きていてもらえればそれで良いのだ』

「生きてるとは……言えません」

『言える』

「言えません!」


 それがダヴールの愛情だと、知っている。だがそれでも、腕を振り解かなければならない。

 リリィも、ダヴールも、振り解かなければならない。

 全てを奪われた者の、意地で邪神を貫くために。


「師匠、僕は……自分に嘘は、吐けません!」

『……残念だ』

「これが僕なのです師匠! あなたが一番、よく知っているはずだ」

『知っているとも。だからこそ、私が護ってやる筈だった』

「ごめん、なさい……」

『せめて、悔いを残さぬようにな……』


 学の頭を優しく撫でて、心の中の師が、消えていく。


「短い間だったけど、君と一緒に過ごせて楽しかった。嬉しかったよ」


 リリィへ語り掛ける学。聴こえている筈もない。


「針千本、飲む事にしたよ。……ごめんね、リリィ」


 それは、学自身の迷いが無くなった証でもあった。


「炎神よ!」


 意を決した学が、空に問いかける。


「我が体を、供物として受け取り給へ。その代わり……」


 勇気が、要る。


「その代わり……」


 勇気を、振り絞る。そう、勇者の様に。

 自分を捨てられる者だけが、その力を得る事能う。


「我に、神のちからを!」


 その詠唱を終えた瞬間。

 掲げた学の両手目がけて、深紅の流星の如きものが、雨霰と降り注ぐ。

 一つ、また一つと学の中に入り込む。


 そして学自身の体が、紅く発光を始めた。

 体が、一回り、二回り大きくなっていく。炎の縁が、そのまま皮膚に連なっていく。

 炎に、なっていく。


 もう、学は人ではなくなっていた。


「そうだとも。これは終末戦争ラグナロクなのだからな」


 彼は待ち焦がれていた。

 変わり果てた学のその姿を見た瞬間、戦闘神の心が躍り出す。


「貴様と、戦ってみたかったのだ。炎神シュルト!」


 自分の命。自分の体。その全てと引き換えにして、神の力を人間の器へ降臨させる技。

 単純にして、究極の術式。


「スゥゥ……コォォ……」


 究極魔法、神威である。

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