第128話:Samurai Blue
数的優位に立っている筈の四人だったが、それを上回るトーレスの威圧感に、先手を取れないでいる。
魔女、竜騎士、魔剣士、予知能力者兼狩人。
如何にこの面子と言えど、個々の力に任せるのは危険だ。そう本能が囁いているからこそ、四人で取り囲んでいるのだ。
だから、闇雲には仕掛けられない。作戦がいる。
三人寄れば文殊の知恵と言うが、こういう時。頭は一つの方が良い。
「アオイ!」
「はい!」
リリィの呼びかけに、蒼が答える。
他の二人は、その様子に黙って頷いている。
「あんた、司令塔やりな」
「はい?」
「指示に従うのは癪だけど、あんたが適任よ。私達を上手く使って」
「いや、ちょっと待って」
「命令よ。やんなさい」
頭をかきながら、戸惑う様子を見せる蒼。
リリィは咳払いをして、もう一度言い直す。
「ごめん。言葉を変えるわね」
「えっ」
「協力して、お願い。どうしても、彼を助けたいの」
嘆願。それを断る程、蒼は野暮ではない。
というより、断る理由が無い。蒼自身がそうしたいのだから。
「リリィさん、愛してます!」
「馬鹿、真面目にやりな!」
蒼は、近未来予知に全神経を集中する。
戦闘神トーレスが仕掛けて来る、その数秒前。
その間に、最小限の指示を出して、戦況を好転させていく。これが蒼の考えるプランだ。
――この中で一番の魔力を持つのはリリィさん。スピードはショウさん……ここを活かす戦いをしないと。
「来る……」
蒼は最後方に下がり、予知を始める。
「行きますよ皆さん、敬称略!」
「おう」
「任せたわよ!」
トーレスが、トライデントから雷撃を放つ。
「ショウ、ターンレフ! レイ、ゴーストレイ! リリィステイ!」
竜騎士は左に切り返し、雷撃を何とか避ける。
その隙にレイムルが間を詰める。
――あっ、ヤバイ!
戦闘神が雷弾を背面投げする未来が見えた。
すぐさま回避指示を飛ばす。
「レイ、サマーソッ!」
「ええ!?」
「リリィ、シュート!」
言われるがままに、バック宙で雷撃を躱すレイムル。高難易度の要求に何とか答えた。
そのレイムルの背中スレスレを、リリィの魔弾が通り抜ける。
「むっ!」
「ショウ、スローッ」
バク宙がブラインドになったか。戦闘神は魔弾を避けきれず、腕でガードした。
そして間髪入れずに迫る背後からの槍を、ノールックでキャッチした。
驚いたのは槍を投げた竜騎士である。躱せるはずのないタイミングで、躱された事にショックは隠せない。
だが、蒼の指示は終わらない。
「ショウ、ジャンパップ!」
「うおっと!」
戦闘神の拳をまたもギリギリで躱し、竜騎士は空に飛びあがる。
蒼の予知のおかげで、なんとか回避できている。
「レリィ、ゲックロース!」
今度はレイムルとリリィに同時に指示を出した。
二人同時に接近したため、戦闘神は一瞬どちらを攻めるか迷う。
そこへ。
「アターック!」
「何ィ!?」
上空から、ショウの爪先が剣の様に振り下ろされる。
寸での所で脳天をガードした戦闘神。そこへ更なる連撃が。
魔王討伐軍の合体技が、またも脳天目がけて飛んでくる。
――水雷剣……。
――蒼魔杖……。
「唯一式ッ!」
魔人と魔王に放った必殺技の重ね掛けである。この絶技に対してもなお、片手でガードするトーレス。
片腕で竜騎士。片腕で魔女と魔剣士。一度に三人の攻撃を受けるその両腕に、力を込めて跳ね返す。
「おおうッ!」
三人が一斉に飛び散る。
これだけの技を撃ち込んでも、まだトーレスに傷をつけられない。
――化物ね。
――だが、大技を当てる事ができれば……。
――まだ、機会を完全に失ったわけじゃない!
「いいぞいいぞ、面白くなって来たではないか!」
冷や汗をかき続ける四人に対し、トーレスのテンションは一人上がり続ける。
一対多の戦いが、楽しくて仕方がないのだ。
「さぁ、こっからですよ!」
蒼のフィンガースナップが、会場に鳴り響いた。
次の瞬間、五人目、いや五匹目の戦士が闘技場に舞い降りる。
「ウワウッ」
「土神ジョルズ! 神通力を!」
落ちて来た神通力を、そのままエルボーパスで魔狩に投げ渡す蒼。
鮮やかなパス回しに、会場から感嘆の声が漏れる。
「行くよレイ、魔狩! 魔弾百連、用意!」
「ワウー!」
「え、私!?」
学と準決勝を戦った時は、愛犬と自分だけで魔弾を撃ち続けた。
今度はそれに、一人加える。三人(二人と一匹)なら、個々の負担もぐっと減る。
「土魔法、拾七式!」
蒼の拾七式が、魔弾百連のオープニングショットであった。
戦闘神を取り囲む様にして、魔狩とレイムルが神通力を補給しては、ローテーション方式で順々に魔弾を飛ばす。
「むぅぅぅん!」
だが戦闘神は驚くべき事に、その魔弾一つ一つを素手で受け止めている。
蒼の切り札を持ってしても、まだ全くダメージを与えられていない。
その時、蒼は戦闘神から見えない様に、左人差指で天を衝いた。
――ショウさん、行って!
そのブロックサインの意味を介したショウは、魔女を抱きかかえて空へ飛び立つ。
「ちょっ、何!?」
戸惑ったリリィであったが、見えた光景で全てを悟った。
魔弾の対応で、戦闘神はこちらに気づいていない。
「80、81、82……」
「フハハ! どうした、まだ余は健在ぞ! あと二百発、撃ち込んで来ぬか!」
ハイテンションの神と対照的に、ガンナー達は顔をしかめ始める。
限界の百発まで、あと幾らもない。
レイムルと魔狩にも疲弊の色が見えて来た、その時。
――今だ。
蒼が叫ぶ。
「メギドアターーーーーークッッ!」
意味不明な言葉に、戦闘神が一瞬気を取られた……その刹那。
戦闘神の真上に、二人はいた。
「行くぞ魔女!」
竜騎士の言葉を待たずして、魔女リリィは体中の全神通力を、脇に抱え込む。
人間魔術の最高峰。
上空97mの高みから放たれる、剥き出しの恐怖。人呼んで、蒼魔法最終弐拾式。
「青龍滑走路!」
解き放たれた神通力は、星屑の滑走路を吸収し巨大化する。
弐倍、参倍、死倍。
そしてその威力の頂点に達した時。
終着点、戦闘神の体の底へ。突き抜ける!
「ぐおおおおおっ!!!」
戦闘神の歓喜の叫び。
観客達が、風圧に吹き飛ばされていく。
コロシアムが、美しい蒼光に包まれた。




