第126話:Till Death Do Us Part
「無理ですよ、止めましょうよ!」
「……黙ってて」
泣きながら魔女を促す蒼。
魔女はこの戦いを、歯軋りしながら見つめ続けている。
「本当に! 本当に死んじゃうんだってば!!」
「分かってるわよそんな事!」
「もう二度と会えないんだよ!?」
魔女にとっても、この戦闘神の強さは想像の外であった。
学の攻撃は何一つ、本当に何一つ通用していない。
このままでは、間違いなく殺される。
「死なせたくない! あの人は死なせたくないの!」
「黙れって言ってんのよ!」
蒼を一括する、魔女の唇が震えている。
掌に爪を引っ立てて、自分の感情を抑えている。
「せっかくトーナメントを生き残ったのに、こんなのってないよ……」
魔女は、蒼に聴こえないように呟く。
「安心してよ……私も一緒に逝く。あなた一人じゃ、死なせないから……!」
***
戦闘神トーレスの雷神槌撃は、点を標的とした突き技でありながら、帯状に攻撃範囲が広がっていく神性攻撃。
人間の物理学では測り知れないシロモノだ。
その人間が今、その神の一撃を受け止める。
インパクトの瞬間、電撃が学の皮膚を伝った。
雷電と、火壁の撃突。会場に、オレンジの余波が広がっては消える。
その余波だけで、極大魔法の力を持っている。
客席の最前列は、余波だけで完全に破壊されてしまった。
二人の……いや、戦闘神のレベルを、如実に示していた。
皮膚から伝わる痛みに耐えつつ、学は雷撃を圧し返そうとする。
「つぅぅあっ!」
「耐えろ人間! 耐えて見せぬか、興醒めさすな!」
飽く迄楽しむスタンスのトーレスを、学の双眸が捕える。
この必死感の無さ。この余裕が、気に入らない。こちらが命を懸けているのに、トーレスにとってはお遊びに過ぎない。そこが、気に入らない。
――許すな! この男にだけは、この火壁を突き破らせない!
更に短絡地点が増えて来たか。学の魔力回路は、更なるアウトプットを生み出し、火壁の層が厚さを増していく。
「ほぉぉぉ! やるではないか、やるではないか!」
「うぅぅっ!!」
喋る余裕があるトーレス。叫びながら耐える学。
――耐えろ! 師匠なら、竜騎士なら、クライドなら、織原蒼なら、リリィなら! ここは、耐える!
ライバルや尊敬する者、愛する者を思い浮かべる事で、神の攻撃から歯を食い縛って耐えようとする。
しかし、気合いだけでは力は逸らせない。他にどうしようもなかったとはいえ、真正面から受け止めてしまったのが失敗である。
圧力に押され、足元に電車道が出来始めている。
徐々に、徐々に足跡が後ずさる。
「ハハハ、いいぞ! まだ潰れぬではないか! 結構、結構!」
「ぬぅぅぅ!!」
戦闘神が、更なる力を入れた時。
遂に、学の火壁に亀裂が入る。
「どうした、終わりか!!」
「ううう、アアアアアッ!」
急いで神通力を継ぎ足す学。しかし、供給スピードがその亀裂の進行速度に耐え切れず。
学の両手に、神性の神通力が行き渡ってしまった。
「させない! させんぞ邪神がぁぁ!!」
危機感から来る焦りと、体中を駆け巡る神通力で学の体温は人間の限界の、更に倍まで燃え上がっていた。
もはや後遺症は避けられない。しかし学の煮えたぎる頭には、後の事など考える余裕なし。
「さあ行くぞ、最後の一押しじゃあ! 喰らえ人間代表!!」
「誰が、誰がお前などに、お前などにィィィ!! 」
ありったけの神通力を、前羽に込めて圧し返す。
――師匠、僕に最後の、力、ヲッ……!
神通力の割れる音がした。ガラスの割れる音とは違う。肉の千切れる音に近い。
学の盾が、破られた。
遂に、学の体内が、神性の侵略に支配されたのである。
「ガフっ」
吐いた血を皮切りに、学の火壁が、消滅し……そして、雷神撃を真正面から、振り抜かれてしまった。
体から頭にかけて、体内外から神性の衝撃が奔る。真っ二つに割られた様な、もう二度と身体がくっ付かない様な、絶望的な感触だった。
「カハッ」
学は、そのまま神通力を垂れ流して、吹っ飛んだ。
観客席の石畳に激突し、それすらも貫いて、コロシアムの向こう側まで突っ込んだ。
「……クソ、野郎……が……」
地面に激突して、漸く止まった学。
意識はもう、切れていた。
***
「……ガッカリだぞ」
今日何度目か分からないその台詞を吐くトーレス。
遠くに見える学を、汚物を見る目で蔑視する。
「やはり余と貴様では、矛盾するには至らぬという事か。未熟者めが」
学は、一切喋らない。否、喋れない。
「おい、何とか言わぬか日本人。貴様の世界の言葉であろう」
学は、白目を剥いていた。
気を、失っていた。
「はぁ……どこまで余を失望させるのだ。もう良い。飽いたわ馬鹿め」
トーレスは、再び輝をトライデントに溜め始める。
「この世から、完全に消してやる。さらばだ、我が実験材料」
観衆も、闘技者達も、終わったと思った。戦闘神には、人間最強ですら敵わなかった。
光の塊が、矢となって学目がけて飛ぶ。
学が、その光に包まれる直前。
その力が、同程度の魔力によって、完全に相殺された。
蒼い蒼い神通力が、横から光塊の腹をぶん殴ったのだ。
驚いたのは観客。
驚いたのは横にいた筈の蒼。
驚きもしないのは戦闘神トーレス。冷静に問いかける。
「……何奴」
「トーレスちゃんさぁ」
今世最強の魔女。リリィ・リモンドがそこにいた。
「私の可愛い旦那を、これ以上痛めつけるってんなら……」
死なせない。一人では幸せになれないから、一人では絶対に死なせない。
魔女の想いが、戦闘神の前に立ちはだかる。
「私を倒して行く事ね」
「……面白い。貴様如きが、何秒もつかな?」
妻の戦いが始まる。




