第124話:Everything is fake
実験の最中、戦闘神は神の視点から、世界中を監視していた。
千里眼。神にのみ与えられた、並行世界の状況を隈なく把握できる能力だ。
「どれもこれも、つまらぬなあ」
ミサイルの雨に逃げ惑う玩具達を、退屈そうに見ていた。
トーレスの趣味の一つが、並行世界の人材発掘である。実験が終わるまでの暇つぶしとして、お眼鏡に叶う人材を探す。
基準は勿論、強さだ。美しさや財産などはどうでも良い。
肉体的、精神的な強さを見ている。
が、逃げ惑い、精神的に崩れていく民草が彼の欠伸を誘う。
今回は不作であったと、チャネルを切ろうとしたその時。
「殺してやる……」
子供の声が聴こえてきた。
「日本……?」
知らない国の、小さい生き物が、死を目前にして吐いた言葉。
それはまるで、戦闘神がこの状況を作っている事を知っているかのようであった。
「面白い、この余を殺すと申すか。童よ」
「殺してやるぁぁ!」
「いいだろう、殺しにくるが良い!」
爆発に巻き込まれる寸前、トーレスは法龍院学を異世界へ転送した。
いずれ、自分の餌となる存在として。
***
学には、トーナメントで使わなかった技がある。
先端技。手刀である。
普通の戦いでは、使わない……というか使えない技である。
使用する部位は指。その指の耐久力は、悲しいほど低いのだ。
タンスに足指をぶつけた時。痛い。
ドアに指を挟んだ時。とてつもなく痛い。
そんな華奢な部位を、敵を傷つける目的で使う。何度も何度もぶつける。
そんなことをすれば、突指、骨折。誰にでも想像がつく。
だが、部位鍛錬。耐久力を上げる訓練が、このひ弱な部位を武器化する。
指一本での指立てを、各指500回。
手頃な石を見つけては、手刀による試割り。
そして魔獣相手の死闘を何千とこなして来た。
今なら、岩をも手刀で砕ける。その刀を、あの邪悪な戦闘神へ向けて、抜く!
炎を纏う手刀を見せながら、学は言葉で威圧する。
「喉だけは残してやるよ」
「何?」
「お前の断末魔を聴きたいからな」
今更不敬も糞もないにしろ、失礼な言である。が、トーレスは表情を変えない。むしろ嬉しそうですらあった。
「シッ!」
炎が、走った。
切り裂かれた空間が焦げ臭い。
その振り下ろされた手刀を、戦闘神はトライデントで受け止める。
本物の刃に激突したのに、炎魔法でコーティングされた手刀は、一切傷つかない。
戦闘神の顔から、笑みが零れる。
この男が健闘すればするほど、自らの慧眼の証明になる。この様な逸材を選んだ十四年前の自分を褒めてやりたい。
そして何より、戦えている事が何よりも嬉しいのだ。
――何を笑っている!
学の癇に障るその笑みを、左右の手刀で切り裂きにかかる。
肩に右貫手。首に左振り下ろし。腹に右横薙ぎ。
矢継ぎ早に繰り出される手刀の雨。いずれも、戦闘神の槍捌きでかわされる。
「来い!」
その言葉に呼応する様に、左貫手が、顔面に目がけて飛ぶ。
中段から上段へのコンビネーションに、戦闘神も面喰いながら、それでもかわす。
炎の刀が、顔を掠める。焦げ跡が、遂に神の顔を汚した。
「シアアア!」
しかしこの快挙でさえも伏線に過ぎない。
『喉だけは残してやるよ』
この言葉の中に隠された、真の狙い。
それこそは、人が鍛える事のできない、金的に次ぐ第二の急所。
炎魔右正拳突き。
狙いは、神の喉!
「……ッ」
鈍い音が響いた。まるで大理石をハンマーで叩いた様な、無力な音。
狙いも、伏線も完璧であった。
ただ、誤算だったのは、狙ったのが『神の』喉だったと言う事。
――何だ、この硬さは!?
岩でもない。鉄でもない。
今まで、学が叩いて来たどの物質とも違う硬さ。あえて形容するなら……。
――ダイヤモンド……か!?
「何だ、今の突きは?」
喉を突かれた人間ならば、声帯を震わせるのも一苦労である。
にも関わらず、声すら裏返らないトーレスは、つくづく神なのだと思わされる。
全く、効いていない。
「はぁ……貴様は、こんなものなのか?」
とっておきの正拳突きを喰らってなお、トーレスには失望の顔が見える。
学の、人類最強の戦闘力に、満足していない。
――仇だ。こいつは仇なんだ!
戦力差から来る絶望。萎えそうな闘志を、怒りでなんとか上書きする学。
「ま、いいか。では、こちらから攻めさせてもらうぞ」
その言葉を聞いて、身体を硬直させて、身構える学。
「ついに来るか……」
「本気の、戦闘神……」
見ているだけにも関わらず、ショウとレイムルの緊張も増していく。
あの硬さを持つトーレスが、本気で攻めて来る。
人間を相手に。
恐怖が、また闘志を萎えさせようとする。
虚勢でも、ヤケクソでも、何でもいい。声を出さなければ、戦意がゼロになる。
叫べ!
「キアアアアアッ」
「今に、その声も出せなくなるぞ」
トーレスが、来る。
戦闘神が、ゆっくりと歩みを進める。
切先の輝きが、神性を示していた。
神の攻撃力が、遂にベールを脱ぐ。




