第123話:Stay Foolish
優勝者、法龍院学が、神になる権利を捨てて、神に闘いを挑む。
その様子を直で見ていた観客達が悲鳴をあげる。
「前代未聞だぞ!?」
「何てバチ当たりな事するんだ!」
「誰か止めろよぉ、殺されるぞ!」
「逃げろ逃げろ! 巻き添えを食うぞ!」
その中で、ひと際ショックを受けていた人物がいた。
「何でなのよぉ……!!」
学が突撃する姿を見て、織原蒼が叫ぶ。
「あれほど! あれほど! あれほど言ったのに、何で戦う方を選ぶんだよぉぉぉ!!」
ガックリと膝を着く蒼。
学を生き残らせるための、全ての努力が水泡に帰したのだ。
「私が、ダヴールさんが、どんな思いで、あなたを助けようとしたか……分かってないよ! 馬鹿! 馬鹿! 学さんのアホォーーッ!」
闘技場中央の二人を睨みつけ、再び叫ぶ。
その横に立つ魔女リリィ。
「アオイ、見届けよう」
「何でそんな達観してられるんですか!? あんたの旦那じゃないんですか!?」
「……」
「リリィさんの、学さんを想う気持ちなんて、結局そんなもんなんだ。死んだっていいと思ってるんだ!」
リリィが蒼の胸倉を掴んで、持ち上げる。
女性とは思えない力だった。
「私が平気だと思う!?」
「だったら、なんで……」
「あの子は、お母さんも、お父さんも殺されて、故郷を全部壊されて。毎晩その夢が頭に沸きあがって来て、泣きながら私に抱き着いて来るのよ」
「そっ……そんなこと……」
蒼は、リリィの眼光から目を逸らしてしまう。
自分達の決断を、信じて疑わない目だ。
「その悪夢の元凶が、目の前にいるってのよ! それなのに、泣き寝入りして、ひっそり怯えて暮らす平和なんて、私は、私達は要らない!!」
「でも、でも! 死んじゃうんですよ!?」
「平和に生きるってのは、屈辱を我慢する事なんかじゃない!」
学の戦闘神への怒りが、魔女にも燃え移っている。
彼の星が、故郷が、両親が、玩具にされたのだ。他人事ではない。
「あの狂神にとっては、私達だって玩具に過ぎない! 魔獣がいなくならないのだって、魔王が復活したのだって、あいつが全て操ってるからじゃないか!」
「……」
「あいつを生かしておいたら、私達はずっと実験道具のままなんだよ! 使われて、捨てられるんだよ。生きてるって言わないよ!」
この理不尽が自然災害なら、気持ちを抑えもしよう。だが、全ての仇が目の前にいる。いけしゃあしゃあと、目の前にいるのだ。
闘いを選ぶこと。正解ではないかもしれない。しかし、間違いでも有る筈がない!
「あの子は、正しい。 絶対に、正しい!!」
***
「最高の闘いをしようではないか! 人間代表よぉ!」
「スゥゥゥ……コオオオオオッ!」
火蓋を切ってしまった法龍院学は、自らの怒りを抑えるのに必死であった。
なぜ? 怒りのパワーで戦闘力を上げれば良いじゃないか……なんて思ってしまうのが人情であるが、残念ながらまるで的外れな考えだ。
怒りとは、戦いにおいて糞の役にも立たないものなのである。
怒ると何が起こるか。
集中力が無くなる。
正確性が無くなる。
頭の回転が遅くなる。悪い事づくめだ。
怒りによって高められるのは、暴虐性のみ。
しかも暴虐性は、攻撃力とイコールではない。
だから、人は怒りで強くなる事はできないのだ。
それが分からないほど、学は若くない。必死に怒りを抑え、集中力の上に成り立つベストパフォーマンスを出そうとする。
「くぅぅ……おおお!!」
だが、何度抑えても、何度無視しようとしても。
怒りが、皮膚を破って出てきそうになる。
砕き散らされた故郷の無念が、怒りを無限に生み出していくのだ。
ならば、その怒りを抱えたまま集中するのみ。
そんな事が、人間に出来るかどうかは別として。
――できるか、できないかじゃない。やるんだろ、法龍院学!
バチバチと、魔力回路のスパークする音がする。
妻による必死の治療成果も、事ここに至っては無駄である。学の魔力に耐え切れず、絶縁被膜は次々に千切れていく。
「神通力を!」
降って来る炎神からの贈り物を、走りながら空中で掴む。
そのまま、槍の如く鋭く形勢した炎を、投げる。
炎魔法拾壱式。
「はっはぁーーーッ!」
黄金色の三叉槍が、炎の槍を真っ向から切裂き、消滅させる。
その炎の向こうから、学の右拳が飛びかかる。
「ツアアアッ」
神の人中を狙う、炎を纏いし中高一本拳。
空気を切る音が、観客の耳にもはっきり届く。
「無力である!」
戦闘神が反応する。槍の切先とぶつかり合い、右側へ軌道と体を逸らされる。
しかしこれは学の読んだ『先』。本命は、流れる体勢を利用した、超速の蹴の章。
炎魔。
上段。
「残念だったな、ガードの上である! だが危なかったぞ今の」
高速軌道変化蹴!
「ばっ!?」
神のコメカミに、炎の甲が叩きこまれる。
神に、正真正銘の神に、人間が一撃を入れたのである。
「うおおおおっ!」
「不敬だ……だけど、凄いぞ! 史上最強の蹴りだ!」
「戦闘神様が、人間の攻撃を受けるなんて! この世の終わりだ!」
蹴りを脳天に喰らった場合、どんな凄い生物でも最低コンマ数秒、動きが止まる。
学はそのまま、左右のラッシュで勝負を決めようと、距離を詰める。
「お? 何をしに来たのだ?」
その一言に、熱くなった背筋が、一気に凍り付いた。
コンマ数秒。その絶対の空白が、戦闘神の持ち合わせリストに存在せず。
トライデントの先端が、学の首を待ち構えていた。
「くっ!?」
学は、バックステップで距離を取る。
「んー、今の一撃。まぁまぁだが……貴様はこんなものではないのであろう?」
トーレスが首の骨を鳴らすごとに、電流の走る音がする。
学は改めて思い知る。戦闘神は、100%神通力の塊である事を。
「ダヴールに通用したからと言って、余にも通用すると思ってはいまいか? ん?」
「スゥゥ……」
「あの様な半端者と一緒にされたとあっては、心外である。奴など、その気になれば一分で葬り去れたわ」
「喋るな!」
ダヴールの名を聞いて激高した学は、刻を撃ち込もうとする。
が、戦闘神の指がそれを止めた。
「待たぬか粗忽者。それ、壊れているではないか」
「何!?」
左拳に装着した鉄籠手が、いつの間にか粉々になっている。
先程切先で弾かれた際に、壊されたのだ。
たかが切先で往なしただけ。それなのに、この破壊力……。
――神、か……!
戦力に差があるのは分かっている。
それを理解した瞬間、人間の戦意は萎えていく。歯止めの利かない滑り台だ。
だが。
「殺したな……父ちゃんを、母ちゃんを、皆を殺したな!」
「木っ端の事など覚えておらぬわ」
「分かった。お前は、殺してもいい神だ!」
魔力回路が、本格的に暴走を始める。
爆発音が、四肢を捥ぐような勢いで会場に響き渡る。
怒りは役に立たないと言ったが、もう一つだけ、利点がある。
真に響く怒りは、戦意を決して萎えさせない。
例え相手が、万物の頂点であろうとも。
怒りと言う名の燃料。学の心には、絶え間なく火種がくべられ続ける。
――師匠、どこかで見ていてくれますか。僕は……今から神を切裂きます!
学の手刀が、轟々と燃え始めた。




