表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/145

第117話:仲間を求めて

「うう……っ」


 毎夜、学は悪夢に魘される。

 全てを奪われたあの日の記憶が、未だ鮮明に蘇るのだ。もう十四年も前の出来事だと言うのにも関わらず。


「殺してやる……殺してやるぞ、畜生」


 夢の中で、吹き飛ばされようとしている学は、何か取り付ける物を探す。

 手さぐりで物に触れる感触を確かめたら、両腕でしがみ付いて放さない。


 昔はそれが師・ダヴールだった。今は恋人であるリリィだ。


「ホー君、また、夢を見てるのね」

「お父ちゃん、お母ちゃん」


 リリィが彼の頭を胸に埋めて、頭を優しく撫でてやると、悪夢は終わる。

 浅い寝息を立てて、暗闇の中へ落ちていく。


「大丈夫、私はずっと一緒にいるよ」

「スゥ、スゥ」


 悪夢を見ない夜はない。


 ***


 朝起きると、庭に出た学は夜とは別人の様に活発になる。


「腕立て伏せ、何回やるのそれ?」

「取り敢えず五百回かな」

「常人よりは遥かに多いけどさ。世界最強の武術家としては少ないんじゃないの?」


 その言葉を聞いた学は立ち上がり、リリィの方を向いて親指で合図する。

 やってみろ、という事らしい。


「ほら1、2、3。これを五百やればいいんでしょ?」

「違う違う」


 学は横に回ると、リリィの沿った背中を真っ直ぐに整え始めた。


「ちょっと、お尻触らないでよ」

「ほら、こうやって一直線にしなきゃダメなんですよ」

「ん、これ体勢整えるだけで結構キツイ……ちょっと、胸触んなかった?」


 整い終わると、腕を折り曲げ始めるが、伸ばそうとしたところに学が手で彼女の頭を押さえつけ、伸ばさせない。


「意地悪しないでよ」

「意地悪じゃなくて、もっとゆっくり曲げないと意味ないんですよ」

「ええ……」


 五秒ぐらいの時間をかけて、ようやくリリィは腕を伸ばす事を許された。が、今度は伸ばす時にダメだしを喰らう。


「伸ばす時は早くしなきゃ。曲げはゆっくり、伸びは早く」

「うわ、キッツ」

「これを五百回、休まずに」

「……ごめん、私が悪かった」


 指定回数をこなした後の疲労を考慮して、リリィはギブアップした。下手をすると今日予定している全ての行動がオジャンになりそうだった。


 学は事もなげに五百回こなして見せた。それで終わりかと思ったが、今度は掌では無く指だけで同じ事をやり始める。


「ええ、何で!?」

「部位鍛錬の一つでね。指の強さは大事なんですよ」

「分からん世界だわ……」


 結局、骨折箇所である左子指を除いて、全ての指一本ずつで各五百回こなしてしまった。

 100キロ近い体重を、左右の指一本ずつで支えている恐ろしい光景。途中からリリィがおろおろしだしたほどだ。


「お、折れる折れる!」

「大丈夫ですってば」


 下半身苛めも含めて一通り鍛錬を終えると、学は菩薩の人形に向けて手を合わせる。

 その様子を見て、リリィは尋ねる。


「あんた、神になるかもしれないんだよ? なのにそのボサツ様だっけ?に拝み続けるの?」

「信仰って、状況によって変えるものじゃないですし」

「ふーん」


 リリィも真似をして拝んだ。学の事は、何でも理解しておきたいのだ。


 ***


 蒼が訪ねて来たのはその数時間後だった。行水を終え体を拭いた学が、Yシャツとジーンズ(に近いこの世界の衣服)を纏って出迎える。


「早いですね、蒼さん」

「まぁ、早く来ないと全部回れませんしね」


 学が外出の支度をするので、リリィが慌てた。


「え、ちょっとどこ行くの!?」

「蒼さんが元の世界に戻りたい事は知ってますよね?」

「うん、まぁ」

「その手がかりを探しに行くんですよ。二人で」


 リリィは複雑な気持ちだった。学の人が良い事は知っているが、自分以外の異性と二人きりにするのは不安が募る。

 自分もついて行く、と言おうとしたが、二人の言う『元の世界』の事など自分には全く分からない。力になれない人間がついて行っても、ただの嫌がらせにしかならないだろう。


 そこまで、魔女リリィは子供ではない。


「分かった……早く帰って来てね」

「はいはい」


 リリィが眼を閉じたので、学が屈んで唇を合わせた。

 その様子を見た蒼が驚く。


「は? 何ですか今の」

「いや、いってらっしゃいって」

「あの……もしかしてあなた方」

「う、うん。今私達、そういう仲なんだ」


 蒼は数秒固まった後、低いトーンで呟く。




「……そうですか。良かったですね」


 ***


 蒼は愛犬を撫でながら、飛龍に乗っている。

 学はその後ろで、蒼の背中を眺める格好だ。


「で? 手がかりはあるんですか?」

「……」

「蒼さんてば」


 学の問いかけに、首だけを回して振り向く蒼。


「すいません、風の音で聴こえませんでした」

「アテはあるんですか?」

「ああ、ありますよ。ほら」


 蒼は自製のリストを風で飛ばされない様に渡して来た。この世界の人名の下に、日本語で漢字名が書かれている。


「色んな所で聞き込みして聞いたんです。日本人っぽい名前の人のリスト」

「ツバメの街のホウリュウインって僕の事ですか?」

「ええ。その街には他にいないみたいです」

「ふーん」


 学はリストを見つめる。


「ホシの街のチャタニさん、シシの街のワタルさん、ウォリアの街のコウセイさん……結構いますね」

「どれも最近街に越して来た人達だから、もしかしたら何か手がかりがあるかもと思って」

「なるほどねぇ」

「こういう時占い師って便利ですよ。色んな人から話が聞けるし」


 そこまで話して、蒼はまた首を回して前を向いた。


「……何か怒ってません?」

「気のせいですよ」


 魔狩を撫でる蒼の頬が膨らんでいた。


 ***


 二人はそのリストを一件一件回ってみる。

 だが所詮は「たまたま日本人っぽい名前」なだけで、日本人でないケースでしかなかった。


「コウジさん、ですよね?」

「ユメニシテモユウショウニホン?デキスギガシリーズデハンシンスルコトハ」

「駄目だ、レスポンスが日本語じゃない……」


 日本語で話しかけてみて、日本語で返答がなければ終わりなのである。

 最後の望みをかけて、コンドルの街のカイノさんを訪ねてみた。


「あ、見て学さん! キャッチボールしてる! 望みがありますよ!」

「う~ん、そうですかね?」


 今度こそ当たりを引いたかもしれない。

 学の制止も聞かず、蒼が満面の笑みで近寄っていく。


「カイノさん、あなたはニホブッ」


 コントロールミス。ボールが顔面に直撃した。

 鼻血をたらしながら、なおも蒼はインタビューに臨む。


「カイノざん……あなたは日本人ですか?」

「……」


 一瞬の間を置いたカイノさんが、満を持してこう答えた。


「トシヤッテンナイイトカヨウアンナアツヲシテ」

「あああああ!! ワイルドピッチ!」


 最後の一人も、大きく的を外した。蒼の叫びが夕日にコダマする。


 ***


「今日はありがとうございました」

「いや、結局何の役にも立てなくて」

「いてくれるだけで、嬉しかったですよ」


 帰路についた蒼と学。

 飛龍のタクシーで学をリモンド家まで送り届けた蒼は、学を降ろすと寂しそうな顔をした。


 そして、思い出したかのように喋り始める。


「学さん」

「はい」

「神になるか、ならないか……どうするか決めましたか? 」

「……」


 答えられない。現在進行形で迷っている証拠であった。


「願いはあります。けど、師匠に言われた事が引っかかってて……」

「神になったら、リリィさんと距離が出来ると思ってませんか?」

「え?」

「図星ですか?」


 丁度、家の中からリリィが出て来たところだった。

 彼女に聴こえない様に、学が答える。


「……それは、少しあります」

「そこは心配いりません。神が人間と愛し合ってはいけないなんてルールは無い」

「しかし、神と人間では……」

「学さんは神になるべきです」


 その言葉は、リリィにも届いた。


「お願いです。何も考えずに、神になってください」

「……」

「あなたのためなんです」

「師匠と、同じ事を言いますね。もう少し、考えてみます」

「……」


 蒼は一言言い残すと、飛龍に乗って去っていった。


「私、諦めませんから」


 その様子を見て、リリィが呟く。


「あの子、元の世界に戻れるといいね……」

「戻れますよ。あの人ならきっと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ