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第111話:気遣

 異世界トーナメント・シールドアンドトライデントの優勝者は、ここに決定した。

 勝利宣告を聴くや否や、ダヴールの体に覆いかぶさる様に、法龍院学は地に臥せった。

 神通力の流動を止めたため、ようやく体の炎上も止まった。


 立っていられない。何とか呼吸をしているだけ。

 火傷をしたから、身体に触れる砂粒の一つ一つが激痛だ。

 最後の一撃で腹筋の肉が離れたのか、引きちぎられる様に痛い。

 顎を削られたから、まともに喋れもしない。


 優勝者の筈の学が、誰よりもダメージが多かった。


「何が、起きたんだ……」


 観客のほとんどは、ダヴールの皇親拳の光で視界を遮られ、決着の瞬間をしっかり目撃する事ができなかった。


 近い技で倒されている竜騎士ショウを始め、闘技者達には何が起こったか、理解できている者もいた。

 ダヴールの放った神の力。その力を逆利用し、自分の力をプラスして打ち込む、カウンター。

 しかもその拳に込められているのは回路暴走で肥大化した神通力である。


 さらに、撃ち込んだ部位。

 準決勝で魔女によって破壊された、左腹部の神性装甲。その損害部から魔拳が侵入し、骨を砕き、心臓を抉り……。


「そして、心臓に直接神通力を撃ち込んだんだ」

「あ、あんな技喰らったら、人間だろうが神だろうが……」


 ショウとレイムルは感嘆している。

 この結果を導くために必要なタイミングも、ヒットポイントのコントロールも、一組しかなかった筈。

 それを、法龍院学という稀代の天才がやってのけたのである。


「顎を砕かれても、カウンターのタイミングまで我慢した……自分の体を犠牲にしてタイミングを掘り当てるなんて。そんな芸当をやっちゃうのは、学さんが本物のバカだからですかね?」

「良かった……」

「リリィさん?」


 魔女は、柵に縋りついて安堵している。


「良かった……彼が死なずに、決着がついて……」

「……やっぱ、心配してたんじゃないですか」


 蒼は闘技場に向き直り、倒れて動かない、されどしっかり呼吸をしている学を見る。


「うん、無事で本当に良かった。敵わないなぁ、学さんには」


 ***


 担架が到着したその時。学とダヴールは、ほぼ同時に立ち上がった。

 立っている姿を、お互いに見せたかったのか。


「ひしょう」


 顎の骨を持っていかれた学は、上手く発音ができない。

 ゆっくり、聴こえる様に口を大きく開けて話す。


「師匠、僕は」

「何も言うな。何もだ」

「嫌です」

「聞かん坊だな、相変わらず」


 ダヴールは首を横に振る。


「師匠、僕は師匠に話したい事がいっぱいあるんです。だから、師匠、また一緒に」

「分かった、分かった」

「師匠!」

「悪いが、私は忙しいのだ。医務室へ向かう」


 ダヴールは踵を返す。


「待って下さい!」

「学。その話とやらは、次に会った時にしてくれ。私も、お前と話がしたい」


 ダヴールはもう一度振り向くと、学の頭を撫でた。


「落ち着いてから、な」

「……絶対ですよ」

「ああ。約束だ。もう一つ。これは私からの願いだ。望みを叶える事よりも、神になってみぬか、学」

「……」

「お前の様な神がいてもいい。くれぐれも、頼んだぞ」


 ダヴールは血を垂れ流しながら、足を引き摺ってコーナーに消えた。


 ――ん、予知……これって……まさか!?


 蒼は、何かを感じ取り、その場から離れた。


 ***


「ふぅーっ」


 ダヴールは、医務室へは行っていなかった。

 会場の外へ出て、森へ向かった。

 学とクライドが死闘を演じた森だ。


「ここらにするか」


 木にもたれ込むと、心臓を抑えて、鼓動を確認する。

 刻一刻と、脈拍が弱くなっていくのが分かる。


 学の、最大最強の一撃。

 それは、ダヴールの心臓を抉り、更に神通力によって損傷させた。

 心臓に直接、神通力を打たれると言う事。神にも、人間にも関係のない防御無視の技。

 それはつまり……。


「ここに、いたんですね」


 半神が振り返ると、織原蒼がそこにいた。

 予知により、ダヴールの異変を唯一、感じ取って追いかけて来たのだ。


「蒼嬢か……」

「すぐに手当を!」

「人間が神にできる手当など、ないよ」

「そんな……学さんと、また会わないといけないんでしょ!?」


 蒼は、必死にダヴールの出血を止めようとする。

 だが、とめどなく流れ出る黒い血液。弱まっていく脈拍。

 もう、その時は止められなかった。


「学さんに、死ぬ姿を見られない為に、ここへ!?」

「あの子には……きっと重荷になる」

「生きて! あなたみたいな神が、生きるべきなんです!」


 ダヴールは眼を閉じる。

 彼の千年の生涯。そのたった一つの宝物が、彼を呼ぶ声がする。


『師匠!』

『師匠って凄いんですね!』

『師匠、勉強を教えてください』




『師匠と僕は、ずっと一緒にいたいですね!』



「炎神シュルトよ……どうか、どうかあの子を……から守ってやってください……最後の頼みでございます……」


 ダヴールは、そのまま眼を開ける事はなかった。

 やがて蒼の眼前で、身体が砂に変わり……。風に吹かれて、流されていった。

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