第106話:花火
「そうか、あの二人は師弟関係だったか」
竜騎士ショウを始め、参加者にも二人の技が似通っている事を気にしている者は何人かいた。
だがそこまで親密な関係だと予想した者はいなかった。
「ダヴール様は、ホウリュウインを勝たせたくないんですよ」
「自分が勝ちたいからか? だがあの人は既に半分神なのだろう? 完全な神になりたいと言う事か?」
「う~ん、そうなのかなぁ」
レイムルも、ダヴールの真意は読み切れていない。
「学さん、あれを使う気だ……」
蒼は、彼女渾身の魔弾百連を受けきった魔拳を見て、学が本気を出す事を悟る。
出し惜しみはしない。決勝ならではの決意が伝わって来る。
「私は事前に本人から聞いて知ってたけど……アオイ。あんたはあの二人の事知ってたの?」
「いえ、私はついさっき……その」
「何よ?」
「いえ、何でもないです」
蒼の頭には、ダヴールから感じ取った未来予知がよぎっていた。
***
魔拳を纏った学は、まさしく抜き身の刃である。
だがそれが本物の神性を持った者に対し、どこまで通用するのか。その点については誰も分からない。
やってみなければ、分からない。
決勝にして、実験。実験にして、殺し合い。
「ホォォ」
「コォォ」
二人の息吹の音が、同時に動き出した事を告げていた。
だがほんの僅か、学が懐への切り込みが先んじる。
刻突き。最遠最速の速射砲。
ダヴールは、右腕を上げてこれを防ぎにかかる。だが、今度はただの突きでは無い。
炎の神通力を持った、魔拳である。
「ぐむっ」
神性の拳でも、軌道を逸らし切れない貫通力。寸での所で首を捩って避けるも、耳の縁が焼焦げたのが分かる。
神の耳を、確かに学の炎が焦がした。
「不遜!」
「シュッ」
今度はダヴールが守勢に回る。真後ろに真っ直ぐ下がらない様に、横へ横へ。
ダンスを踊る様に学の攻撃を往なそうとする。だが、往なしきれずに少しずつ、少しずつ魔拳の接触を許す。
――この愚物が、ここまで完成させていたか。
弾くだけでは、身体を容赦なく焦がしてくるこの拳。
認めざるを得ない。学の炎魔拳は、自分の神性の拳に近い性質を持っていると。
そして、ダヴールも拳を打ち返し始めた。
ダヴールの左拳を、学が右で捌く。
先程までは完璧な受けが要求されていたが、今は違う。自分も神通力を纏っているため、受けるだけで相殺できる。
ダヴールの攻勢。右を出し、左で突き、右でクロス気味に打つ。
学の防御。左で弾き、体を入れ替えて躱し、距離を詰めて威力を殺す。
ダヴールの攻撃を、全て防いだ。
往なす事が出来るようになった。それだけで、防御の難易度が下がったのだ。
――よし、これなら攻勢に移れる!
ディフェンススピードが上がった事で、攻撃を仕掛けるゆとりも出来る。少しづつ、ダヴールから戦闘ペースを取り戻していく学。
籠手を覆う炎左拳が、ダヴールの顎を襲う。ヒットはしなかったが、元々これは牽制だ。
本命の炎右拳が、追い突きの形で放たれる。
「スリャ!」
ジュワッ、という音と共にダヴールの頬を拳が掠る。
真っ黒な一文字が浮かび上がった。炎魔拳の焦げ跡である。
駆け抜けた熱にダヴールが一瞬、気を取られたその間。
それこそが学が欲しかった物だった。
一気に踵をダヴールの軸足に向けて踏込んだ。
近間からの、連撃に絶好の間合い。
――ほう、この隙を突くか学。
ダヴールは防戦を覚悟し、魔剣士と竜騎士は同時に予見した。
「超近接の魔拳!?」
「来る! 始まるぞ、連撃が!」
得意の刻突から始まった、流れる様に繋がる連撃。
左上段刻突、右上段逆突、左上段追逆突、右上段追逆突、左上段刻突、右中段逆突。
魔拳の残り火を置き去りに、揺らぎながら舞い踊る学の拳は、さながら花火文字。
ダヴールが、神拳でそれらを捌きながら、真後ろに下がる。
学は、師の後退速度より速く間合いを詰め、次拳を繋げていく。
「凄い……」
「強いって言うか、綺麗……」
全てが、一筆書で繋がっている。炎が、学の進む道筋を追いかけている、芸術画。
異世界に放り出された少年が積み上げた炎の道が、観客を魅了する。
「わーお。カッコイイですね。ねぇリリィさん?」
「……」
蒼に茶化される魔女の眼にも、学の描く軌道が焼き付いていく。
そして、遂に半神は壁際にぶち当たる。
その機を逃さず、学の手刀が首筋に飛んで来る。
「ぬぅっ」
左顎から喉仏にかけて、燃える様な熱の線がはしる。あと五センチ手前に居たら、頸動脈は切り裂かれていたに違いない。何はともあれ、回避したダヴール。だが。
――いない!?
視界に、学を確認できない。
その彼の顔が、黒い影で覆われる。
学は、空にいた。
魔闘家の体と、纏う朱色がぐるりと回転する。
全体重に、回転の加速度を加えて。必殺の一撃が放たれる。
――炎魔拳、蹴の章。
「胴廻!」
半神の頭蓋へ、傑作が見舞われた。




