第102話:一人旅
「僕ってそろそろ、この世界だと師匠の次くらいに強くなってますかね?」
己惚れもいいところだと、ダヴールは苦笑した。
「学より強い者など、この世界にはまだまだいるぞ」
「例えば?」
「今はどこかに潜っているが、世界の厄災・魔王アスカリオは私でも倒せるか分からぬ」
魔王の噂は学も聞いた事があった。数年前、先代の勇者を死闘の末倒し、その傷を癒すために世界のどこかで隠遁しているのだとか。
だが、魔王は魔族なのでノーカウントだ。
「では人間の中では、僕が一番ですか?」
「いや。まだいるぞ。竜騎士ショウ・デュマペイルは生涯無敗の兵。お前では敵うまい」
「む……」
見た者は全て消し去ると言われる恐怖の戦士。後に二人は死闘を演じる事となる。
「ではショウを倒せば、僕が一番ですか?」
「まだいる。先代勇者の後釜、勇者ルネサンス。これも強い。まだまだ若僧だがな」
「勇者……」
「それに最近では魔女も代替わりしたらしいからな。お前と同い年ぐらいの娘らしいが」
「えっ、魔女?」
魔女という存在は、学も本で読んだ事があった。
箒に跨り、猫と会話し、空を駆け巡るのだ。
「魔女かぁ……可憐ですね」
「いや、魔女はこの世界では最強の代名詞とも言われる、忌み嫌われ続けて来た存在だぞ? 私と同じくらい厳つい筈だ」
「いやきっと美しい魔女ですよ。いつか会って確認します」
「そう思うのは勝手だがな……」
学はその達人たちを相手取っても対等に戦える様、日々鍛錬と実戦に励む。
「肉体の強さだけに頼るな。相手を観察して、情報を集めろ」
「情報……」
「そして勝ち目を探せ。今までに得た情報から」
実戦で魔獣を狩り続ける事で、頭を使って戦う事も覚えていく。
そして一日の終わりに、自分で彫った菩薩人形に祈る。
「それだけは欠かさないのだな」
「信仰ですから」
「ふっ、まぁ何を信じるかは人それぞれだ。よかろう」
***
学が十八歳になった頃、ダヴールとの壁に気づき始めた。
強さの壁。
魔獣狩りを続けているから分かる。自分が三十分で倒す相手も、ダヴールは五分で倒してのける。
この男と自分との差は、未だに測り知れない。
だが、強さはどうでも良い事だった。もう一つ壁がある。
学は気づいてしまった。この男は、自分に隠している事があるのではないかと。
ある日。彼はそっと、師の背後に近づいた。
「なんだ学。まだ食事はできていないぞ」
学は声を出していない。にも関わらず、魔獣の生肉を焼いているダヴールが返事をした。
その背中は一見無防備に見えて、しっかり学の位置を把握していた。
――強い。途轍もなく。
意を決して学は聞いた。
「師匠、僕の世界の事、知ってますよね?」
「何の事だ」
「知りたいんです。教えてください」
「だから、何の事を言っている」
学は、直球を投げつける。
「僕の元いた世界……日本は、戦争に巻き込まれました。両親も死んで、僕はこの世界に飛ばされた」
「ああ。お前から聞いた」
「何で起こったか。そして日本がどうなったか。知りたいんです」
「知らんな。私はずっとこの世界にいたのだぞ、どうして知る事ができる」
しらばっくれるダヴール。だが学には確信があった。
「嘘だ」
「嘘ではない」
「神は、千里眼を持つと言います。あなたはその千里眼で、僕の世界の事も知っているに違いないんだ」
「千里眼など持っていない」
「嘘だ。じゃあ何で、あなたは日本語が話せるんですか」
「この世界に、似た様な言語があるのだ」
「嘘だ!」
聞き分けの無い学。ダヴールは魔肉の串を置き、拳を構えた。
「力づくで聞き出してみるか?」
「うおおおお!!」
神の一族である師と拳を交える。それがどんなに無謀な事か、学は分かっていた。
分かっていても、毎夜積み重なる故郷への想いが、学に拳を出させた。
「フンッ」
中段突き一閃。学はあっけなく吹っ飛び、悶絶させられた。
「ぐうう」
「分かったか。お前では私には敵わない」
「教えて……下さい……」
「愚か者!」
下段蹴りが倒れた学のコメカミにヒットする。
ブラックアウトした学は、くの字に倒れた。
覚醒すると、小鹿の様に震えながら立ち上がる。
ダヴールはその顔面に正拳を放つ。
寸止めであった。
「ッ……!」
「仮に知っていようとも、だ。神の一族の掟で、異世界の出来事は他言無用とされているのだ」
「嘘だ、師匠は本当は、何もかも知ってるんだ! 自分に都合が悪い事があるから、それで、僕の気持なんかどうでもよくって、教えてくれないんだ!」
「……」
「師匠は、悪い人なんだ……!」
ダヴールは学を抱き起し、頭を撫でる。
「いいか学。お前は、もうこの世界で幸せに暮らす事ができるのだ」
「……」
「余計な事は考えるな。お前はもう十分強い。だから」
「食事はいいです。先に休みます」
「……そうか」
学はよろめきながら、テントの中に潜ってしまった。
ダヴールは一人で肉を頬張る。学の分の食事は、紙袋に包んで枕元に置いておいた。
半神は、夜空の星を見上げる。
――余計な事に気づきおって……。私の千年の神生の中で、法龍院学。この愚物の存在は……。
その日、ダヴールは学と距離を置き、木陰で睡眠を取った。
***
「学。今日は街へ降りてみるか」
次の日、ダヴールはテントに学を起こしに行く。
しかし。
「……学?」
八年間過ごした弟子の、見慣れた姿が見えない。
「学!!」
テントの陰を暴く。いない。
テントの底を破って確かめる。いない。
どこにも、いない。
「馬鹿、弟子め……!」
法龍院学は、二度と戻って来なかった。
二人から、一人へ。師が教えてくれないのなら、教えてくれる神を探す。
自分の手で、真実を見つけるための旅に出た……。




