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第101話:二人旅

「ついて来るなと言うに」


 出来心からうっかり餌付けしてしまった子猫は、唯一の拠り所を見つけた様に後を追ってくる。

 十歳の学がダヴールを追いかける様は、まさに野良の子猫であった。


「おねがい。僕も連れて行って」

「ならぬ。面倒だから言っているのではないのだぞ。私の生業は魔獣狩りだ」

「なりわい? まじゅう?」


 首を傾げる学少年。ダヴールが溜め息を吐きながら説明する。


「お前が戦った野良犬など可愛いもの。私より更に大きい魔物と毎日戦わなければならんのだぞ」

「僕は強いよ、一緒に戦うよ」

「愚物が……死ぬぞ」

「……だって、他に日本語話せる人いないもん。このままじゃどっちにしろ死ぬもん……うぇぇん」


 泣きじゃくり出した学を見て、ダヴールは手で顔を覆った。


「死んでも墓は作らぬぞ」

「うん!」


 泣き真似であった。


 ***


「えい、やぁ!」


 二人の旅が始まった。

 毎日の様に魔獣と戦い、その皮・牙を売ったり、肉を捥いで食料にする。半神の生活は実にストイックであった。


 学も戦ってはいるものの、如何に運動神経が優れていようが所詮は少年の突き蹴りである。魔獣には通用しない。結局ダヴールがフォローに入って倒す。このパターンが続いていた。


「ええい、足手纏いが!」

「だってぇ……」

「だってじゃない。あっちへ行け!」

「嫌だ、師匠の傍にいる! 師匠の戦い方を教えてよ!」

「誰が師匠だ!」


 ダヴールは学を使い物にするため、頼まれるがままに鍛え始めた。

 元の世界で習っていた空手のお蔭で、体術の基礎は出来ている。なのでまずは意識づけから始めた。


「違う! 蹴りを止めるな、壁を蹴り抜く気で振り抜け!」

「壁蹴ったら痛いよう」

「当たり前だ! 蹴る側も痛みを伴うのが本物の蹴りだ!」


 傷つかずに勝つ。そんな物は百戦錬磨をこなしてからの話である。

 痛みは友達。この意識が少しづつ学を変えていく。


「正拳を止めるな! 肩を入れて、突き破る様に打たんか!」

「うん」

「『はい』だ! 目上には敬語!」

「はい、師匠!」


 一年が過ぎ、ようやく魔物にもダメージが通る様になった頃。

 学は、魔法の扉を開く。


「掴めないよ、神通力!」

「『掴めませんよ』」

「掴めませんよ、師匠」

「こればかりは感覚を研ぎ澄ますしかない。父シュルトよ、今一度お願いします」


 朱の光が、学の足元に突き刺さる。また、掴めなかった。


「やれやれ。まぁ始めはこんなものだろう」

「炎神様は、師匠のお父さんなのですね」

「一応は、そうだ。天界にいらっしゃるし、私の事は人間達と同列に扱ってらっしゃるがな」

「それでも、半分は神様なんだ。凄いんだね、師匠は」

「『凄いんですね』」

「凄いんですね、師匠は!」


 一週間後、学は神通力を掴む。転移者である少年の初体験。

 その掌に宿る熱さに驚き、喜び、焦った。


「ししし師匠! やった! なんか熱い、助けて!」

「落ち着け。まずはどこかに投げ捨ててみろ。それだけで炎魔法第壱式になる」

「えいっ」

「私に投げるな馬鹿!」


 半神と転移者。二人の旅は、学の成長の旅であった。


 ***


「師匠、算数を教えてください」

「はぁ……またか」


 二年が経った。この頃になると、もう二人の会話から日本語は消えていた。

 村に戦利品を売りに行くときに不自由がない様に、ダヴールが語学を叩きこんだのだ。

 そしてそれに味を占めた学少年は、勉強全般をダヴールに教えてもらおうと毎日質問攻めに向かう。


「だからここはこうして……」

「ふんふん」


 何だかんだ言って教えるダヴール。算術は売買時の交渉にも使えるため、彼自身にも学の勉強はメリットがある。そう自分に言い聞かせていたのかもしれない。


 神が、人間の子供に物を教えている。奇妙な光景は、その後何年も続いた。

 学の知識欲に底が知れなかったためだった。


「師匠、数学を」

「師匠、物理を」

「師匠、化学ばけがくを」


 ダヴールの毛髪は元々禿ていたが、この頃は更に少なくなった気がした。


 ***


 二人は、テントの中で並んで眠る。

 学の寝つきはいい。その点はダヴールも苦労していなかった。

 だが。


「お父ちゃん、お母ちゃん……」


 高確率で、学はうなされる。

 そして近くにある物にしがみ付かないと、眠れなくなる。

 ダヴールの体にしっかりと抱き着いて、ようやく安定した寝息を立て始めるのだ。


「……」


 そしてダヴールはそっと、学の頭を撫でて自分も眠りにつく。すると次の朝には、学は元気になっている。

 これが二人のルーティーンであった。

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