第99話:資格なし
蒼に勝利した学だが、医療班に気絶した彼女を引き渡すと自らも膝をついた。
「ハァ、ハァ……」
蒼の攻撃。最終弐拾式は炎魔拳でギリギリ捌く事ができた。
が、しかし。その前の魔弾百連によるダメージが大きい。捌き切れなかった神通力はしっかり体に叩きこまれて、該当箇所が青あざになっている。
新しい骨折は無いものの、全身打撲。体重を支える脚は震え、手首も腕も重く感じる。
沸きあがる観客にとっては満足の結果でも、本人にとっては退魔のスカーフで完封するつもりだったのがこのザマである。蒼が竜騎士や暗殺者よりも強いとは、昨夜は思いもしなかった。
――このコンディションは、少しでも回復させないと不味い……!
学は医務室へ移動する前に、観客席最前列のVIP席へ向かう。
戦闘神トーレスの席である。まずは頭を垂れる学。
「大儀である。法龍院学」
「見苦しい物をお見せしました」
「謙遜致すな。双方とも譲れない物があったのであろう。見ごたえのある勝負であった。余が立ち身するほどにな」
「恐れ入ります……して、一つお願いがございます」
トーレスに意見するという事。これは一つ間違うと即首が飛ぶ(比喩では無い)危険な行為である。
だが勝算はある。試合直後の戦闘神はご機嫌である事を、これまでの傾向から学は感じ取っている。
恐れずに意見するべし。さもなくば決勝は戦えない。
「手前はたった今試合を終えたばかり。となると、休憩時間を設けて頂きたく」
「まぁ、尤もな意見であるな。で、時間を貴様自身が提案するというわけか?」
「御意にございます」
「申してみよ」
学は深呼吸をした後、思い切って口にした。
「……一日」
優し気だったトーレスの眼つきが、徐々に三白眼へ変化していく。
「……というのは冗談にございます」
「次に冗談を言ってみろ。何れかの部位を吹き飛ばすぞ」
「五時間ほどの猶予を頂きたい」
観衆は名勝負の決着に拍手を送っていたが、その声が耳に届くや否や、ブーイングに変わる。
「ご、五時間ーーーッ!?」
「いやいやいや、有り得ねぇ!」
「遅刻して来た上に、俺達を更に待たせるってのかよぉ」
だが、その雑音は鶴の、いや神の一声によってかき消される。
「だーまーれ」
「うう……」
戦闘神は観衆が黙ったのを確認すると、もう一人のファイナリストを探す。
「ダヴール、いるのだろう」
「はっ。ダヴールめはここに」
半神ダヴールはいつの間にか、VIP席の真後ろに回っていた。
戦闘神は学の方を向いたまま、ダヴールに話かける。
「こ奴の提案、お主はどう思う」
「あまりに僭越で、ふざけた意見にございます。一笑に付されるのが宜しいかと」
「ほーう?」
その言に、今度は学が反論する。目線は戦闘神に向けたまま。
「戦闘神様。ご無礼を承知で申し上げます」
「おっ、ヒートアップしてきおったな。面白い、申してみよ」
「その男に、私の提案を退ける資格はありません。ご放念願います」
「その心は?」
「彼自身にお聞きになるのが宜しいかと」
「だ、そうだが? どうだ魔人よ」
トーレスはダヴールに振る。
学がクライドと一戦交える事になったのは、ダヴールの差し金である。
その事に学も、トーレスも既に確信を得ている。
「……」
「おや、心当たりがあるのか」
「滅相もございません」
「何かあったとしても、だ。ここでこ奴の提案を認めれば、神性を持つ者の面目も保たれようぞ」
「……」
「どうだ?」
長い沈黙が続く。ダヴールは、溜め息を吐くとようやく口を開く。
「……四時間。それ以上は待たぬ」
「だ、そうですよ。戦闘神様」
「うむ」
「では、失礼いたします」
戦闘神に礼を終えると、最後にダヴールを一瞥する。
たった一瞬だが、二人は目で会話を交わした気がした。
――無駄な事を。休んだところで結果は変わらぬぞ。
――無駄かどうか。やってみなければ分かりませんよ。
学はダヴールに背を向け、漸く医務室へ向かうのだった。




