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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
3章

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16話 ルミナスの国内状況

「お茶を飲みましょうか。お砂糖やミルクはどうなさいます?」


 シトエンが気をそらすように目の前のティーセットを示して見せる。すぐに気が逸れたようで「お砂糖ふたつ! ミルクもいっぱい!」と返事している。やれやれ。ラウルも額の汗を拭っていた。危うく、あの白馬みたいにお誕生日帽子をかぶせられるところだった……。


「その……やはり、あれか? なにか気になることが……?」


 キャッキャとシトエンと会話をしているメイルを一瞥し、俺はアリオス王太子に話を向ける。彼は暗い表情で頷いた。


「この数か月、幾度か危ない目に遭っていて……。いまは外出自体を控えさせているところだ」


「目星はついているのか?」


 まぁ、俺なんかには喋らないだろうなとは思ったのだが、アリオス王太子は大きく頷いてみせるから驚いた。


「なら、対処ができるだろう?」


 もちろんだ、という返答がくると思ったのだが。


 アリオス王太子は少し口ごもる。

 蘇ったのは謝罪式でのこと。『まだ力が足らぬ』とアリオス王太子が言ったことがあった。


 シトエンの暗殺にまつわる情報提供をしてくれたときのことだ。


 アリオス王太子が把握しながらもシトエンの暗殺を阻止できない。自分の婚約者は命を狙われている。

 ティドロスでは考えられない。

 随分と不安定な身分のように思えた。


「わたしは……わたしはこのティドロス王国訪問で、自分こそがルミナス王国王太子であることを示してみせるつもりだ。その位に見合うだけの実力があるのだとみなに認めてもらえるよう努力する」


 その目は。

 真っ直ぐに自国の宰相に向けられていた。


「アリオス殿下は実に素晴らしい。常に切磋琢磨なさっている。これこそが我が国の輝かしい王太子です。次代を担い、我が国の地位を盤石としてくださること、この宰相が一番存じ上げております」


 宰相は慎ましく顎を引いて答えるが。

 その彼を見つめるアリオス王太子の瞳は冴え冴えとしている。


 ……口ではこう言いながら、この宰相こそがアリオス王太子を軽視しているのだろうか。


 現に、宰相はアリオス王太子を言祝ぐときに表情を見せない。顔を伏せるようにして隠している。


 隠すような表情をしているのか?


 ならば。

 シトエン暗殺に関与している可能性があるのはこの男か。


 せわしなくふたりの様子を窺っていたのだが、アリオス王太子と目が合った時、取り繕うように彼は笑った。


「せっかく用意してくださったお茶だ。我々もいただこうか、宰相」

「ええ、アリオス王太子殿下」


 宰相はさっと中腰になり、アリオス王太子に対してお茶を取り分ける。


 ……なんか、もう少し長兄からルミナス王国の内情を聞いておけばよかったな。

 内心舌打ちしていたら、メイルが「あ、そうだ!」と声を上げた。


「このピンクダイヤね、アリオス王太子があたしのために買ってくださったのよ!」

 嬉しそうにシトエンに大ぶりなダイヤをつまんで見せている。


「素敵ですねぇ。さすがアリオス王太子です。メイル嬢にお似合いですもの」

 シトエンはカップを両手で持って、香りを楽しみながら答える。


「それなのになかなか外出できなくて……。つける機会がなかったから、今日は目一杯おしゃれしてみたんです!」


 ……なんとなく。

 メイルのいまの状況がわかったら、こいつのこのゴテゴテした服やアクセサリーも違ったように見える。


 楽しみにしてたんだなぁ、とか。

 大好きな人から贈られたもので自分を飾ってみたかったんだなぁ、とか。


 そりゃそうだ。

 俺だってシトエンからもらったタイとかカフスとか。


 そんなのは貰った瞬間からつける。もちろんシトエンに「お似合いです♡」って言われるのが一番だが、誰かがそれを見て「お似合いですねぇ」と言ってもらえるのもうれしいことだ。


「アリオス王太子に愛されておいでなんですね。よかったです」


 シトエンが言うことがもっともだ。


 たぶん。 

 自分はこんなに誰かに愛されている。

 それを言いたいのに、示したいのに。


 そんな機会がない。

 機会がないのはでも、愛されているからだというジレンマもわかってはいるのだろう。


「さっきも言ったが、ここは俺が万全の警備体制を敷いている。のんびりしてくれ」


 だからつい、そんなことを言ってしまう。シトエンも同意するように頷いてくれる。


「ありがとうございます! だからサリュ王子って大好き♪ あ! もちろん、こんな機会に誘ってくださったアリオス王太子が一番大好きですよ! だから安心してね、シトエンさま!」


 シトエンが苦笑している。俺はもう呆れて力も入らない……。いや、こいつ意外にどんな状況でもしぶとく生き残る気がしてきた……。


「ねぇ、だったらお庭を見てもいい⁉ あたし、散歩したい!」

 急にぴょんとメイルが立ち上がる。


「は⁉ 庭⁉」


 俺は狼狽えてラウルを見る。

 ラウルも戸惑っていた。


 ま……まあ。庭にも騎士は配置しているし、なにしろここは王城内だしな……。危なくはないと思うが……。


「ちょっとだけ! ちょっとぐるっとするだけ! だってどこに行くのも馬車なんですもの! これじゃあ閉じ込められて移動してるだけだわ!」


 じわりとメイルの目に涙がにじむ。


「それにず――――――っとティドロス語ばっかり。あたし、シトエンさまとルミナス語かカラバン共通語でお話したい……」


「メイル……」

 アリオス王太子がまた困ったように呟くもんだからもう……。


「わたしが案内しましょう。付き添います」


 ほら、シトエンがこんなこと言う!

 俺は頭を掻きむしりたい気分で壁際待機の三人に命じた。


「ラウルとロ……じゃない! えっとロロと、モンモンも警護で行け!」


 そういえば偽名を決めていなかったから適当に言ったんだが……。

 ロゼが「センスっ」と吐き捨てる。お前なぁ!


「さ。じゃあ少しだけ散歩しましょうか。案内しますよ」

 シトエンがルミナス語で誘い、庭に通じるガラス扉に近づく。


「ほら、行くぞ。ロロとモンモン!」


 ラウルが笑うのを必死でこらえながら、ぶっすーとしたロゼとモネを引っ立ててその後に続いた。


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