23話 シトエンの育った屋敷
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その後、シトエンが育ったというバリモア卿の屋敷に行き、歓待を受けた。
もとをたどればタニア王家に連なるとは聞いていたけど、一貴族の屋敷とは思えない広さだ。
うちの団員なんてまるまる収容できるし、なんなら馬場も裏山に備えているという。
団員と一緒に荷ほどきをしていたら、ラウルに追い出された。シトエンが捜している、という。
慌ててシトエンに合流すると、応接室のようなところに連れていかれた。
絨毯が敷き詰められた広い板間の部屋だ。
クッションが並び、銀のティーポットや茶器がローテーブルの上に広げられていた。
壁には絵画が飾られていて、なんとなく次兄が好きそうな画だなと思ったりする。
部屋の隅にはメイドらしい女たちが控えていて、いかにも女主人っぽい女性が近づいてきた。
「夫はまだ王宮から戻れないようですので、かわりに国へ」
姑殿らしい。
ふっくらとした体形に、これまたタニア風の衣装がよく似合っている。銀色の髪をきっちりと首の後ろで結い上げているのだけど、目元に笑いしわがあってそれが柔和な印象を与えていた。
深々と頭を下げられ、俺は慌てる。
「いえ、こちらこそ。バタバタしておりまして、大事なお嬢さんをいただいたのにご挨拶にもうかがわず……」
ぺこりと頭を下げたものの、なんか視線を感じて恐る恐る顔を上げた。
姑殿が、まじまじと俺を見上げている。
……あれか。
こんな男がひとり娘の夫だというのが気に食わない、とか?
そういえば舅殿からも「娘にふさわしいかどうか」と戦いを挑まれた。
姑殿からもなにかこう……攻撃的な歓待があったりするんだろうか。
「シトエン、あなた」
だが、両手で口元を隠し、ぷぷぷぷぷぷ、といきなり笑い出すから呆気にとられる。
「理想通りの殿方と結婚しちゃって、もう!」
「お母さま!!!!!」
珍しくシトエンが大声を上げた。ぎょっとするが、姑殿はまったく気にしていない。手をひらひらさせる感じなんて下町のおっ母さんみたいだ。
「婿殿、ご存じ? この子、昔っから、か細い美青年には目もくれなくってね。武骨でこう、ごつとつしたいかついかんじの殿方が……」
「お母さま、もう!!!!!」
「貴族ってほら、ひょろ長い美形ばっかりでしょう? この子のタイプにあう殿方なんているかしらって屋敷中で心配してたのに。ねぇ、ちょっとみんなうちの婿、見て!」
「はい。シトエンお嬢様にお似合いですわ」
「シトエンお嬢様の理想の殿方ですねぇ」
「やーめーてー!!!!!」
シトエンだけが爆発しそうに顔から湯気をあげて怒っているが、他はみんなにこにこ笑顔。シトエンは脚をばたつかせて母親に怒ったり、昔からのメイドたちに文句を言ったりしているが、みんなは「まあ懐かしいわねぇ」って感じで、見ている分にはほっこりする。
「夫が戻ってきたらまた婿殿を独占するでしょうから、お茶でも飲みながらシトエンの話をしませんこと?」
姑殿が悪戯っぽく笑う。
「ええ、ぜひ」
ぶんぶんと首を縦に振ったのに、シトエンに腕を掴まれて部屋を連れ出されてしまった。
「もう、お母さまったら! なんであんなことを言うのかしらっ」
俺の手を引っ張ってずんずん廊下を進む。
本人は怒ったりむかついたりしているのかもしれないけど、そんな表情なんてこれまで滅多にみたことがない。俺としてはとても新鮮で嬉しい。
一方で、実家というか……。昔から慣れ親しんだところから引き離され、ずっとシトエンは過ごしてきたんだな、と辛くなる。
「シトエン」
「すみません。もう父も母も……」
「そうじゃなくて」
足を止める。
俺の腕を握っていたシトエンも足を止め、不思議そうに俺を見上げた。
「ごめんな。もっと早くにこうやって里帰りさせてやればよかったな」
「そんなことないですよ!」
シトエンが目を丸くする。
「ティドロスではみなさん、本当によくしてくださっています。王妃様のことは母だと思っていますし、王太子妃様のことは姉と慕っております。わたしはティドロスを自分の故郷だと……」
「シトエンの故郷はここだし、お父さんもお母さんも、シトエンを産んでくれて、育ててくれた人たちのことだ」
そう告げると、すごく悲しい顔をされたから首を横に振る。
「シトエンのことを他人だって言ってるんじゃない。もちろん、俺たち家族はシトエンのことを家族だと思っている。でも、それ以前にシトエンは、誰かに大事にされて、誰からも大切に育てられて……。みんなが見守ってくれているなか、俺のところに送り出してくれたんだなって今回思い知ったというか……気づかされたっていうか」
俺はシトエンに捕まれていない方の腕で頭を掻いた。
「シトエンに出会うまでつきあった女なんていなかったし、結婚も急に決まったから……。俺ばっかりが浮かれて騒いでたけど。冷静に考えたら、シトエン、寂しいときもあったよな。それだけじゃなく、きっとシトエンの周りの人も寂しかったと思う。俺、そんなことに気づかないぐらい浮かれまくって、シトエンを独占してた」
「そんなことありませんっ! あの、わたしも……浮かれてました」
真っ赤になってシトエンが俯く。
「父も母も……わたしを気にしてくれてて……。陛下もわたしのためにあんなに怒ってくださって……。わたしは親不孝者です」
「いや、それをいうなら俺が一番大バカ者だ」
「いえ、わたしが不忠義者なのです」
互いに、我こそがこの世界一の愚か者だと申告し合っていたのだけど。
ふと我に返り、目が合う。
そこから腹を抱えて大爆笑した。
「じゃあ、ふたりとも親不孝で大バカ者ということにしよう」
そう言うと、まだ笑いの余韻を残しながらシトエンは頷く。
「わたしの自室に来ませんか? 母が申していました通り、父が帰ってきたらまた宴会がはじまってそれどころではありませんでしょうから」
悪戯っぽく笑うシトエンに、俺も笑って頷いた。
「今度は馬上試合を申し込まれそうだ。馬場もあるんだろう、ここ」
「……本当ですね。父の馬をどこかに移動させておかなくては……」
ぶつぶつと策を練るシトエンに、俺はまた笑った。
シトエンと手をつなぎ、彼女の実家を歩く。
時折使用人とすれ違うが、微笑ましそうに会釈され、そのたびにシトエンは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ここです。母からは、配置を変えていないと言われているんですが……。ちょっと待ってくださいね」
念押しし、扉を開いて自分だけ顔を突っ込む。
きょろきょろ窺っているこの……背中からの様子が可愛い!!!!
小動物が岩間に首をつっこんで中の様子を覗いているみたいで、超絶かわいい!!!
あー……。なにこれ。なんでこんな風にちょっとしたことで俺を誘惑するの。
公務は終わったけど、まさか嫁の実家で事に及ぶことはできねぇし……。
俺の禁欲生活は続くのにさぁ! なんで嫁がこんなに可愛いの!!!
「大丈夫みたいです。みんながきれいにしてくれているみたいで……」
ほっとした様子でシトエンは振り返る。
「……どうされました? サリュ王子」
「なんでもありません」
両手で顔を覆って呻く。見たら毒だと思って、途中から目を閉じていました、とは言えない。




