15話 夢みたいな話
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王宮で二日を過ごし、バリモア卿が用意してくれた温泉のある屋敷に到着したのは、タニア王国に到着してから三日後のことだった。
二日後には、ルミナス王国からアリオス・アホ王太子が来るから、もう一度王宮に戻ることになる。
だから立地も考えてくださったのか、王宮からそう遠くない山間の場所だった。
屋敷の敷地内に温泉が湧いた湯殿がみっつほどあるらしく、団員たちも自由に使ってくれという太っ腹な話。しかも、嘘か本当か、馬に温泉水を飲ませると疲れが取れて元気になるとか。
ずっと運動させっぱなしだから、馬のこと、団員も心配していただけにちょっとほっとする。タニア王国も馬に好意的な国民柄のようだ。それはとてもうちと似ている。
温泉が初めてだという団員もいて、公務ではあるんだけどはしゃぎながら温泉のある屋敷に到着した。
馬をつないで、団員が温泉に入る順番をラウルと考えていたら、先に屋敷に入っていたシトエンが飛び出してきて驚く。
「サリュ王子! モネさんとロゼさんが……っ」
俺の腕を引っ張ってそんなことを言いだした。
「モネとロゼがどうしたんだ」
「いるんです! ちょっと来てください!」
ぐいぐいと引っ張られて屋敷に入り、そのまま大広間のようなところに連れていかれる。
横開きの扉の前にはイートンが待っていて、タイミングを合わせるようにして扉を開いてくれた。
「その節は、大変お世話になりました」
身体の前で手を揃え、しおらしく頭を下げているのはモネ。ロゼも澄まして並んでいる。
「……これは……ああ、商売に来たのか?」
部屋を見回し、俺は納得する。
モネ・ロゼの背後や室内中にハンガーラックのようなものが用意され、女ものの衣装がずらりと並んでいる。ラックにだけじゃない。絨毯を敷いた床にも靴が並べられ、簡易的に作られた棚には、煌びやかな宝石がこれでもかというほど用意されていた。
「そうなんです。今回のことをお聞きになったバリモア卿が当店をご指名くださいまして……。少しでも損失の足しになるように、と。今回、謝罪式に出席するためのお召し物一式をご注文くださいました」
モネがにっこり笑う。
今日はシースルー生地の長そでを着ているから、腕の傷は全くわからない。ぴんと伸びた背筋に、ハイウエストから伸びるスカートも相まって本当に恰好が良い。豊かな髪も頭の後ろでお団子にしているから、裕福な商家のしっかりものの長女という感じだ。
「これで、あの賊に奪われた売上金はしっかり回収できます!」
ぴしりと敬礼をしたあと、陽気に笑うのはロゼだ。
同じようにこの国の衣装をつけているというのに、こっちはどうしても甘くやわらかな感じに見える。今日も髪をふたつに分けて結び、そこに花柄のリボンをつけているから余計かもしれん。
「そういえば父が衣装を用意すると言っていましたが……。てっきり、当日に手渡されるものと思っていました」
多少シトエンが戸惑っているが、入り口で待機しているイートンが書状を持って近づいて来る。
「モネさんが持参されたこのお手紙。確かに旦那様からのお手紙です。お嬢様を驚かせたかったようですよ」
にこにこ笑ってシトエンに手渡す。ざっと視線を走らせながら、シトエンは苦笑を漏らした。
「まったく、今回はお父様に振り回されっぱなしね」
「昔からあんな感じだったのか?」
見た感じ、めちゃくちゃこう……厳格な父親って感じだったんだけど。
「見た目は真面目そうなんですが、やることなすこと突拍子もないことが多くて……。いつだったかは虎の仔をもらってきて育てたり、伝説の格闘家に会いに行くとか言いだして一年ほど帰ってこなかったり……」
見た目とは違うもんだ。唖然とする。
「まあ、でもうちの母上だって黙ってりゃきれいな王妃さまだもんなぁ」
呟くと、ロゼが首を傾げた。
「黙ってなかったらどんななの? やきもちやきとか、浪費家とか?」
「これロゼ」
「いいや。ティドロス一の野心家」
はっきり言うと、ロゼをたしなめたモネまでもが、ぽかんとしている。
「うちの母上を一言で現すならそれだな。とにかく野心を燃やしている。国と民を守るため、敵になりそうなものがあれば、ことごとく潰して、ティドロスに平穏をもたらし、地上で一番の国とするためにあらゆることに目を光らせておられる」
真面目に答えたのに、シトエンは肩を震わせて必死に笑いを堪えている。
「あたし、王妃さまとか王さまって、みんな悪い奴だと思ってた」
ぼそっとロゼが言う。シトエンが困ったような笑みを浮かべた。
「悪い王族もいますが、ほとんどの方々はみな、国のため、民のために粉骨砕身されていますよ。ですが、それが他国の利益を失うことにつながる場合……。また違ったように見えるのかもしれませんし、『悪い王様』に見えるのかもしれませんね」
「悪い王族かどうかはわからんが、うちに限っていえば、とにかく女が強いな。あんなに女が自由な王族も珍しいかもしれん」
口を挟むと、シトエンが目を大きく見開いた。
「そうかもしれませんねぇ。王妃様も王太子妃様もそれはそれは……自由闊達ですし」
ふとシトエンは目元を緩めてロゼとモネを交互に見た。
「どうでしょう。いつかティドロス王国に来てお商売をされる、というのは」
「ティドロス王国に?」
今度目をまんまるにしたのはロゼの方だ。
「わたしはルミナス王国で少々……つらい思いもしましたが、ティドロス王国ではとても……そうですね、自由に生きています。ルミナス王国やタニア王国より、ティドロス王国は女性に発言権や決断権がある気がします」
シトエンが言葉を選びながらそんなことを言う。俺は腕を組み、ううん、と唸った。
「たぶん、人口比じゃないか? ルミナス王国やタニア王国は男の方が少ないんだろう。逆にティドロス王国は女性が若干少ないんだ。シーン伯爵領のような辺境に行けば亡命者の関係でまた男が多いが……。ティドロスの都市部も明らかに女性が少ない。だから、どちらかといえば、女は選ぶ方で、男は選ばれる方なんだ。その辺も関係してるのかもしれんな」
だけど、と俺は顔をしかめる。
「ティドロス王国の女はきついぞ。ルミナス王国の女の方が、やんわりしている。来るならお前ら、覚悟して来いよ」
「へえ! 強いっていうなら、あたしたちだって。ねえ?」
ロゼが明るい声を上げ、その顔を姉に向けたが。
「さ。そんな夢みたいな話はその辺にして」
モネはにっこり笑って話をへし折った。
ロゼは強張り、俺だってちょっと困惑した。だけど、シトエンは黙らなかった。
「そういう未来もある、ということです。また、考えておいてください。なにかあれば必ず力になりますから」
シトエンはひとことひとこと区切るように言うと、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。




