13話 シトエンをよろしくお願いいたします
さて、と。
会場の参加者が丸く囲む輪の中に入った。
待っていた舅殿は腕を垂らし、足を肩幅に開いてリラックスした風に立っている。
「素手ですか?」
一応尋ねてみると、「むろん」と返ってくる。
素手か……。
さっきまで座っていたので、関節を動かすために手足をプラプラさせながら、舅殿の姿を観察する。
打撃系だといいなぁ。やっかいなのは関節技だ。念のために、袖はまくり上げておくことにする。とられると厄介だ。
俺が動きを止めると、壇上のタニア王が告げた。
「はじめ」
わっとまた周囲で歓声が上がる。全部タニア語だが、その中でラウルが怒鳴るティドロス語の応援がちょっと嬉しい。
徐々に間合いを詰めようとしたら……。
いきなり舅殿が踏み込んできて、襟首をつかもうとする。
んだよ、やっぱ投げ技とか関節系じゃん。手刀で叩き落とし、下がる。
だがしつこい。おまけに素早い。襟を掴もうと、すさまじい早さで手を繰り出してくる。まじか。ほんとこのひと50代かよ。
気づけば下がりっぱなしなのに気が付き、舌打ちした。ちょうど数歩さがると参加者席まで行ってしまうので、俺の襟を掴もうとする手を掴み、一気に身体を反転させる。
背負い投げをしてやろうと思ったのに、逆に背後からしがみつかれ、そのまま片足を払われて、押し倒された。
やべ……っ!
このまま首絞められでもしたら落ちる!
慌てて這い出し、立ち上がる。
だが、向かい合う間もなく、背後に飛び乗られた。
「え、なにっ⁉ はぇええ⁉」
慌てて身体を左右に振って振りほどこうと思ったのに……。
「……げほっ」
すぐに首を絞められて息が漏れた。
背中におぶさった舅殿は、両足で俺の腰をとらえ、右腕の肘で俺の首を絞めてくる。なんだよ、こんなに接近する格技知らねぇよ。
ただ、腕は気道も頸動脈も締めきれていない。背後からおぶさる、という足場の悪さが、俺にとっては幸いしたらしい。
舌打ちし、勢いよく背後から地面に倒れこみ、そのまま身体を反転させる。
さすがに、俺と床の間に挟まれて肺の空気が出たようだ。
はぐ、と背後で呻く声がし、腕が緩む。
その隙に立ち上がり、今度は素早く向き合う。
「……ばけもんかよ」
つい無礼な言葉が漏れたが……。
俺が身構えた時には、舅殿はファイティングポーズですでに間合いに飛び込んできていた。
即座に間合いを詰められた。
スタミナどうなってんだ、このおっさん!
心の中で「すんませんっ」と謝って、胸の中央を蹴り飛ばす。どん、と舅殿が後ろに吹っ飛ぶ。
それでようやく間合いがきれた。
立て直す時間も作戦を考える時間もない。このおっさん、すぐ手を出してくる。
ただ、気づいた。
どうやらタニアでは足技はあまり使わないらしい。
だからそのまま右腕を振りかぶって一歩踏み込む。
防御のために舅殿が顔面をガード。
殴るとみせかけて。
身体を反転させ、回し蹴り。
ガードに直撃させる。
腕と足じゃ、破壊力が違う。
上半身が揺らぐのを目の端で確認。
蹴った足を振り切り、そのまま腰を落とす。
だけど、回転は止めない。しゃがんだ姿勢で片足を伸ばし、舅殿の右足首を蹴った。
もともとバランスを崩していたから、軽い衝撃でも十分だった。
舅殿が床に膝をついた。
俺はまだ回転を止めず、そのまま身体をもう半回転させ、今度はその右顔面に拳を……。
「やめ」
寸止めしたところで、タニア王の声がかかる。
「サリュ王子の勝ちじゃ」
ふたたび会場が沸いた。やれやれ。
ほっとしながらも、腰を伸ばす。床に片膝突いたままの舅殿に手を差し出した。
「お手合わせありがとうございました」
舅殿は破顔して俺の手を握る。
わ。あんまり似てない親子だと思ったけど……。笑顔、そっくりだな。
「流石ですな、参りました。シトエンのことをどうぞよろしくお願いいたします」
舅殿は立ち上がると、きっちりと背を伸ばす。
俺も相対して礼をした。
また、会場が沸いた。




