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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
2章

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6話 お前みたいな子どもは対象外だ!

「ちょっとだけ聞きたい。俺のタニア語は通じるか?」

 できるだけ優しく、ついでに笑顔を作って妹に話しかけた。


 団員達も集まって来てくれて、片言のタニア語で「怖クナイヨ」「熊ト違ウ。コレ、人」と必死でフォローしてくれたせいか、妹は恐る恐るではあったものの、顔を上げて頷いた。


「名前は?」

「ロゼ。姉はモネ」


 頬に伝う涙を手の甲でぬぐい、すん、と洟を鳴らして妹は地面に座りなおした。

 小顔のわりに大きな目に涙を浮かべたまま、俺を見上げた。


「使用人たちは?」


 尋ねると、また大粒の涙を流して顔をくしゃくしゃにする。

 だが、それは悲しいとか怖い、というより、悔しいと言いたげなものだった。


「あいつ……っ、エバンズが……っ。山賊と通じていたんだと思うんです……っ! だって、いきなり山道で馬車が停まって……。てっきり、馬車同士を行違うためだと思ったのに……。急に武器を持った人たちが襲い掛かってきて……。使用人たちはみんな逃げちゃうし。エバンズが売り上げを持って逃げて……っ。おまけに、姉さま……」


 あとは言葉にならなかった。

 しゃくりあげてひたすら泣いている。


 俺は団員たちと無言で目を見かわした。


 よくあるといえば、よくある話だ。

 商家の使用人が賊に情報を流し、大きな商談のあとに人気のないところで襲わせて大金を奪う。


 ひっくひっくと泣いている妹の……ロゼの声に蹄の音が重なってきた。


「はい、そこをどいてどいて!」


 ラウルが自分の鞍の後ろにシトエンを乗せて連れて来てくれた。

 馬の歩みを抑えながら近づいてきたから、俺はシトエンを抱きかかえて鞍からおろす。


「けが人は?」


 シトエンが紫色の瞳で俺を見上げる。

 いつものほんわかした感じの雰囲気ではなく、不意に触ったらぴりっと静電気でも放ちそうな緊張感を持っている。


「この娘たちだ。タニアの商人らしい。横たわっているのが姉のモネ。座っているのが妹のロゼ。賊に襲われたらしいが、姉の方の傷が深く、血が止まらない」


 手短に説明すると、シトエンは頷いてロゼに近づいた。

 その隣に同じように座ると、優しく微笑みかける。


「こんにちは。酷い目に遭われましたね。わたしもタニア人です。医薬品があるので……傷を診せてもらってもいいですか?」


 同国人で同性ということもあるのだろう。ロゼはまた潤んだ目で首をぶんぶんと縦に振った。


「でも、姉さまを先に……っ。あたしを庇って腕に大怪我を!」


 ぽろりとまた涙を流すロゼに、シトエンは力づけるように頷いて、横たわるモネを見た。


 彼女は仰向けに横たわっている。

 大きな傷があるのは右腕だ。

 今も、下に敷いている外套が彼女の血を吸って染みを広げていた。


「モネさん、大丈夫ですか。モネさん?」


 地面に両膝立ちになり、シトエンは軽くモネの頬を叩く。

 だが、反応がない。


「意識を失ってからどれぐらい経っていますか?」


 シトエンは俺に背中を向けたまま尋ねる。その間も、モネの首に指を当てて脈を取っていたり、服の上から耳を当てて心臓の音を聞いたりしていた。


「どれぐらい……って。いや、すぐさっきだ。そんなに長く気絶してない。というか、これ血が流れすぎてるから気絶しているのか?」


「うーん……」


 シトエンが唸ったころ、「お嬢様―!」と声が聞こえてきた。


 振り返ると、シトエンの侍女であるイートンだ。こちらはラウルほど飛ばさずに来たらしい。うっかり速度を上げようものなら、すぐに腰を抜かすからな。


 護衛の騎士に馬からおろしてもらうと、大きな革鞄を持ってシトエンの側に近づいてきた。


「医療用のお道具です」

「ありがとう。そこに置いてて」


 シトエンは言いながら、今度は右腕の傷を診ている。

 てっきりすぐに傷の治療をするのかと思ったら、比較的傷の浅い左腕の手首を持った。


 そのままモネの額の上に彼女の拳がくる位置まで持ち上げる。


 そして、手を離した。

 ぱたん、と。

 モネの腕は胸に力なく落ちる。


 シトエンはそれをもう一度繰り返した。やっぱり、くてっとモネの腕は人形のように胸に落ちる。


「……なんでしょう」

 ラウルが小声で尋ねてくるが、俺だってわからん。


「モネさーん! モネさん!」

 シトエンが今度はモネの耳元で大きく名前を呼び、さっきより強めに頬を打った。


「ん……?」

 わずかに呻き、モネが瞼を震わせて目を開く。


「よかった、姉さま!」 

 ロゼが抱き着こうとしたが、シトエンはそれをやんわりと押しとどめ、俺に視線を向けた。


「今から治療しますから」

 ああ、引き離しとけってことかな。


「ロゼ。こっち来い」


 俺が声をかけると、渋々といった感じで俺とラウルの間に移動した。


「モネさん、初めまして。わたしもタニアの人間です。医術を多少心得ておりますので……。傷をさわってもよろしいでしょうか?」


「あの……妹を先に。あの子も、腕と背中に傷を」


 切迫したようにモネが言う。シトエンは安心させるように頷くと、モネの左手にふれる。


「順番に診ましょう。あなたのほうが重いですから。申し訳ないですが、服を破いても?」


「ええ」


 了承を得ると、シトエンはイートンが持ってきた革の鞄からハサミを取り出し、慣れた手つきで肩から袖を切り取った。


「うわ……」

 ラウルが眉根を寄せる。


 露わになった傷はなかなかのものだ。

 肩から肘の下あたりまで、ざっくりと縦に傷が入っている。そこからはまだ、どくどくと赤い血が流れだし、傷の周辺は腫れ上がっていた。


「傷の状態をよく見るために洗い流したいんですが、水が足りませんね……」

「どこからか水を汲んでこようか?」


 ためらっている様子だったので俺が声をかけると、シトエンは振り返って首を横に振った。


「煮沸した水を使いたいのです」

「よく酒とかで消毒するじゃないですか。ワインならありますよ」


 ラウルが言うが、やはりシトエンは首を振った。


「度数が違うので……。ここから今日の宿泊地までは遠いのでしょうか」

 シトエンが尋ね、ラウルがすぐにルミナス王国の騎士を引っ張ってきた。


「峠を抜けて1時間というところでしょうか」


 ルミナスの騎士が額の汗を拭いながら答えた。手短にラウルから事情を説明されたようだ。


「というか、賊も逃げましたし……。現地の自警団に連絡するため、我々もいま、出発の準備を整えているところです」


「では、その宿泊地で処置することにしましょう」


 シトエンはそう判断した。

 モネに顔を近づけ、にこりと笑う。


「止血し、傷を圧迫します。本日の宿泊先にて縫うかどうか判断しましょうか」

「はい」


 頷いたのを確認し、シトエンは革鞄から出した白布で右肩を縛る。

 ちょっと意外。てっきり傷を縛るとおもったから。


「大きな血管をしめると、傷の血が止まりやすくなりますから」


 シトエンがモネに説明している。なるほど。支流への水を止めるために、本流に堰するようなもんか。


 その後、傷痕を確認しながら包帯を巻き始めた。きつめに巻いているのがわかるだけに、痛そうだ。実際モネは時折呻いていた。


「できました。申し訳ありません、どなたか馬車に彼女を運んでくださいますか?」

 ラウルとルミナスの騎士が一歩踏み出したのだが、モネがきっぱりと拒絶した。


「いえ、結構。自分で歩けますから。それより、シトエン様。妹の傷を……」

 モネは気丈に上半身を起こす。


「では、イートン。馬車まで手伝ってあげてください」


 シトエンに言われて、さささ、とイートンが近づいて支える。こちらは拒否しないようで安心した。やっぱり男を警戒しているらしい。そのまま、腰に手を添えられ立ち上がる。


 多少ふらつきはしているが、確かに歩けそうな感じではあった。

 シトエンはその様子を確認してから、こちらに近づいてきた。


「ごめんなさいね。少し見せて」


 ラウルの上着を羽織った状態でロゼの傷を確認する。背中の傷を見る時、上着が邪魔だろうし、と剥ごうとしたら、「このままで」とシトエンにやんわり止められた。そのまま、上着の中に潜り込むようにして傷を確認する。


 見えにくいだろうになぁ、と思っていたら。

 じっとりとした視線に気づいて顔を向ける。ロゼだ。


「スケベ」

「な……っ」


 目が合った途端言い捨てられて愕然とする。


「お前みたいな子どもは対象外だ!」

「でも、背中見ようとしたもん!」


「背中見ようとしたのはシトエンだろう! 俺はシトエンが見やすくしてやろうと……」

「ついでにあたしの背中見ようとしたでしょ」


「するかっ! ラウルっ! なんとか言ってやってくれ!」


 ラウルは苦笑し、腕を組んで俺を一瞥した。


「服が破れているからぼくが隠したのに……。それを剥ごうとしたら、ねぇ?」

「だよね‼」

「だよね、じゃねえ!」


 ぎゃあぎゃあ三人で騒いでいたら、シトエンの愉快そうな声が聞こえてきた。


「ロゼさんの傷は心配ないですね。このまま宿泊地に行って、きれいにしましょう」


 上着を整えてもらうと、ロゼは素早くシトエンの背後に隠れてしまった。

 待てぇい‼ なんでお前みたいなガキに警戒されんといかんのだ!


「ほらほら、出発しますよ」

 ラウルに促され、俺は盛大に納得いかないまま、愛馬の方に向かった。


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