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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
1章

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40話 何度生まれ変わっても

◇◇◇◇


 数日後。

 おれとシトエンは訓練場にいた。

 護身術を教えるためだ。


 動きやすいように、と彼女は他の騎士と同じように団服を身にまとっているが、腰に剣は佩いていない。どうもあれがあると、重さのせいか、彼女の姿勢が非常に悪くなる。


 まあ、剣は使わないしな、とベルトを外して、代わりに布のサッシュベルトを腰に巻いてもらった。


 ……その、なんというか。

 うちの団服、上着の丈が短いんだよ。


 そしたらさ、ズボンのラインがそのままわかる、というか。

 ようするに、お尻から太ももの形がそのまんま出てるわけ。


 そりゃ、周囲はうちの団員ばっかりだから、じろじろ見るやつはいないけど。


 夫としてはいやなわけで。


 ラウルに言って、シトエン用の、上着の丈が長いやつを作ってもらってるんだが、まだ仕上がっていない。こう、燕尾服っぽくなっているやつ。


 それまでは、腰回りをちゃんとかくして、と、サッシュベルトを巻いてもらっている。


「はい。じゃあ、手首を掴まれました。どうぞ」


 おれは向かい合ったシトエンの右手首を、同じ右手でつかむ。

 さっき教えた、腕抜き。


 シトエンは、まず掌を下にして大きく開く。


 で、おれ、というか、掴んだ相手に向かって、大きく一歩踏み込む。

 同時に捕まれた腕の肘を緩く曲げる。だいたい、肘の高さは自分の腰の高さぐらい。

 次に、踏み込んだ足を軸足にして、ぐるん、とおれに背中を向ける。


 そしたら、まあ、掴まれた自分の手首を使った‶てこの原理〟で、あっさり相手の手が離れる。


 離れるんだけど。


「えいっ」


 なぜだか、腕を抜く時に、なんとも可愛らしい声で気合を発する。


 えい、って。


 いや、言わんでも、あっさり抜けるんだけどね。

 だけどもう。

 だけど、もう、これが死ぬほどかわいい。


 おもわず顔を両手で覆っていたら、「なにか間違えましたか?」とシトエンが顔を覗き込んでくる。


 いえ、あなたが可愛すぎて悶え死ぬところでした。


「ほらもう。おちゃらけるんだったら、どっか余所に行ってくださいよ。邪魔邪魔」


 ラウルが背後から冷ややかな声を投げつけて来る。


 不思議だ。なぜ、この愛らしさが万人に伝わらないだろう。あいつには人の心がないんだろうか。


「だいたいねぇ。護身術って。相手が男なら、股間を蹴りつけるのが一番ですよ」


 ラウルがもっともなことを言った。いや、それ言っちゃったらおれの指導が意味をなくすわけだろ。


「そうそう。それか、大きな声で助けを呼ぶ。これに勝る護身術はありません」


 剣の稽古に来た騎士が、ぬっと割り込んでくる。


「シトエン様の悲鳴なら、誰よりも先に『ティドロスの冬熊』がすっ飛んでいきますから、御身は無事でしょう。さ。だから、そろそろ団長を返してください」


「そうです、そうです」


 別の騎士までやってきて、おれに木刀を投げつけて来た。ああ、そうだ。剣の相手を務めてやる、って言ったんだっけ。


「それでは意味がないんです。わたしは、わたしの身を自分で守りたいんですから」

 シトエンは随分と不満顔だ。


 まあ。結局まだ襲撃者の身元はわかっていない。

 鋭意捜査中というやつ。

 彼女を襲う理由さえよくわからないもんだから、そりゃあ、幾ばくかの術を覚えて、おれが助けに入るまで時間を稼いでくれるのは助かるんだけども。


「ちゃんとシトエンの護衛術は教えますよ。だけど、達人ほど、自分の力量というものを把握します」


 おれは腰を屈め、シトエンと目を合わせる。


「もし、これはかなわないな、という相手が来たら、迷わずおれを呼んでください」


 それでも、彼女はむすっとしているから、木刀を持っていない方の手で、ぽすぽすと頭を撫でた。


「その代わり、おれが怪我をしたら、大声でシトエンを呼ぶから。『たすけて、シトエン!』って」


 おれがそう言うと、ラウルが笑って「衛生兵ー」とおどける。


「……わかりました。その代わり、絶対危ないことはしないでくださいね。わたしだって魔法使いじゃないんです。治せない致命傷なんて、絶対いや」


 ようやくシトエンが折れる。どうやら、周囲の様子を窺い、おれをそろそろ解放しようと思ったのだろう。空気の読める子だなぁ。


 感心していたら、ぐい、と顔を近づけて来た。


「もう、ひとりになるのはいや」


 はっきりとそう言い切る。

 ああ、とおれは内心苦笑いした。


 アツヒトとかいう男に死に別れたことがまだ堪えているらしい。


「しない。シトエンをひとりにしない。絶対に」

 おれはもう一度腰をかがめ、シトエンの頬にキスをする。


「君を庇って死ぬなんてヘマはしないから。だから」

 シトエンを見つめて笑った。


「ずっと、おれの側にいてくれ」

 彼女は紫色の瞳にきれいな光を宿したまま、嬉し気に頷いた。


「もちろん。絶対に絶対に、離れない」


 今度はシトエンがおれの頬にキスをする。


 ああ、なんておれは幸せなんだろう。

 シトエンの顔を見て思う。


 何度生まれ変わっても。 

 たとえ世界が変わっても。

 姿が変わっても。

 身分を失っても。


 記憶をなくしても。


 きっとおれは君を見つけるだろう。


 そうして、また大事にするんだ。

 絶対に、絶対に。


 腕に囲って、キスをして。

 怖いことからも辛いことからも君を絶対に守って見せる。


 君を守る。


 君だけが、好きなんだ。


 ずっと、ずっと。

 どこにいても。

 どんなときも。

 何度生まれ変わっても。



 了


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