39話 初夜
その数時間後。
シトエンは、おれの寝室にいた。
「とんでもない披露宴になりましたね」
おれが笑うと、シトエンもくすくすと隣で笑っている。
今は、寝衣姿だが、つい数時間前まで彼女は騎士姿だった。
『任命してください、父上っ』
シトエンが部屋の一室で騎士の団服に着替えている間、おれは披露宴会場に取って返し、父上である国王陛下に迫った。
『シトエンの服がぼろぼろで、今、騎士服に着替えているんですっ』
『………意味が分からん………』
頭を抱える父上と、なにごとかと目を丸くしている母上を披露宴会場の隅に引っ張り込み、「賊に襲われたこと」「無事なこと」「シトエンのドレスが破れ、どうにもならないこと」「披露宴会場に賊が入り込み、命を狙われたなど、参加者に知られたら末代までの恥になる」ことを伝えた。
『もうすぐ披露宴もお開きです。参加者のお見送りに立つのに、彼女のドレスが間に合わない。騎士団の団服に着替えさせ、おれの新しい団員として見送りさせるから、騎士に叙任してください』
早口にそう迫ると、面白がったのは母上だった。
『ならば、この母がシトエン嬢を叙任しましょう。そうして、騎士団のスターとなるのです』
……なんかわからんことを言いだした。
『楽しそうですな、母上』
そこに王太子が加わったものだから、もうどうしようもない。
『シトエン嬢がその知識を愚息の騎士団で存分に発揮したい、と表明いたしました』
王妃である母上がいきなり披露宴会場で高らかに宣言した。
『いま、この場で叙任をしたいと思います。みなさま、立ち合いくださいますか?』
満場一致の拍手。
その後は、もう、てんやわんやである。
次兄が汗水たらして侍従や執事を急かし、階だのローブだのを準備。
騎士団服を着たシトエンが王妃の前に進み出て片膝をつくと、その両肩に抜いた剣を押し付けて母上が騎士に叙任するのだけど……。
勢い! 母上、勢いがすごすぎる!!
もう、びゅん、びゅん、ってシトエンの肩に一回ずつ振り下ろすもんだから、父上が、『ひぃっ』って叫ぶし、おれも『シトエンっ。じっとしてろっ』と悲鳴を上げるし……。
母上と王太子だけがご満悦だったが、会場の参加者も楽しめたらしい。
『これからのティドロス王国は明るいですな』
口々にそう言って帰って行かれた……。
なんだろう、この余興感。これ、披露宴だよな……。
「アリオス王太子にはお会いに?」
シトエンが、子どものようにぶらぶらと足を揺すらせておれを見上げる。
「いや。よくわからなかったな……」
呟く。
見送りをするため、出口にシトエンとふたり並んで騎士姿で立っていたのだけど、とにかく人がごった返したため、判別できたのはヴァンデルぐらいだ。
あいつは呑気に片手をあげ、『またな、親友!』と言って帰って行った。
ほんと、無駄に元気になったよな、あいつ。
「……あの王太子、なにを見ていたんだろう」
飲み物を取ってくる、と屋敷に入る直前。
アリオス王太子は確かに何かを見ていた。
あの視線が。
気になって仕方ない。
「どうかなさいました?」
気づけば、シトエンがおれの顔を下から覗き込んでいた。
「いいえ」
おれは微笑む。
まあ、そのことはおいおい考えればいいことだ。
いま、おれと彼女は無事。
そして。
ふたりがいるのは、寝室だ。
「このあとのことを、考えていました」
「このあと?」
可愛らしく小首を傾げるから、おれはそっと顔を近づける。
「初めて一緒にすごす夜のことを、ですよ」
囁くと、驚いたようにシトエンが上半身を起こす。
なんとなく。
その動きにつられて、彼女の肩を掴み、ベッドに押し倒す。
驚いたようにまんまるに見開かれた虹彩に、室内の明かりが差し込み、なんとも不思議な色合いだ。しばらく、鼻先がくっつくほどの距離で彼女の瞳を眺めていたのだけど。
ほんの少しだけ、照れたように彼女が顔を背ける。
それが合図のように。
おれが唇を重ねる。
彼女はおれの背中に手を回したのだけど「あ」と小さく声を漏らした。おれが唇を塞いでいたから、その声がこもり、なんか妙な振動が伝わって来る。
「なに?」
「背中。痛くないですか?」
「痛くない」
おれは笑い、しゅるり、と彼女の襟元を結ぶ紐を解いた。
そのまま手を中に滑り込ませる。柔らかで温かい肌。ふくらみに指を這わせると、シトエンがとろけるような声を漏らす。
襟をはだけると。
右胸に、竜紋が見えた。
なんだか、すごくそれが尊くて。
それなのに、愛らしい。
気づけば口づけを落としていた。
「サリュ」
そんなおれの頭を抱き、シトエンが名前を呼ぶ。
「サリュ、大好き」と。
なにより、その言葉に身体中の血が沸いた。一瞬にして熱い血が全身を巡って、戦いの最中に放り込まれた気分になる。
酒なんて飲んでないのに酔ったような気分で。
彼女と唇をかわすわたび。呼吸を飲み込むたび。ぐらり、と揺れる。歓びに。
腕の中に彼女がいるのがまるで夢のようだ。
やわらかく、甘く、しなやかな彼女。
国境の山々で出会ったどんな獣よりも美しく、気高く、いとおしいシトエン。
ときどき、その痩躯を壊してしまいそうでひやりとしたが、彼女はおれに身体をゆだね、時折しがみつき、とろけそうな声を上げた。
途中からはもうほとんど、記憶もあいまいだ。それぐらい、彼女におぼれた。
彼女も、はじめておれが深く入った時には辛そうだったものの、その後は、なんどもなんども淡い吐息と濡れた声を漏らした。
そのままふたり。
とろとろといつまでもいつまでも、甘美な夜に溶け合った。




