19話 患者のところに行きましょう
「患者の割合としては男性が多いのですか?」
シトエン嬢が小首を傾げた。
「そう、ですね。比較的男性の方が」
マーダー卿が慎重に答える。
「男性は、魚の干物をよく召し上がる? 女性は食べないのですか」
シトエン嬢が自分の顎を摘まんで何やら考えながらマーダー卿に問うた。
「男性が、というより、亡命者がよく食べるのです」
ヴァンデルが答え、おれをちらりと見る。おれも頷いた。
「ミラ皇国は海魚を干物にして食べるんですが……。うちはそんな食べかたしないでしょう? ムニエルとかソテーとか。別に干さない」
「ああ、そうですね」
シトエン嬢が目をぱちくりさせた。
ああ、こんな姿も可愛い。
「では、ここでいう‶男性〟というのは、亡命者のことなのですか?」
改めて尋ねられると、男三人で、うーん、と唸った。
「まあ、妻帯して亡命する家族もありますが……。たいがい、亡命者と言えば、男ひとりが多いですね」
ヴァンデルがマーダー卿を見やる。マーダー卿は頷いた。
「そうです。それで、村の娘と結婚して所帯を持つ者が多いでしょうか」
かくいう彼も同じなのかもしれない。左薬指に指輪がある。
「じゃあ、結婚しても男性だけが祖国の食べ物を食べ続けている可能性があるんですか」
シトエン嬢にさらに突っ込まれ、マーダー卿はおずおずと首を縦に振った。
「そう……、ですね。特にカリスなどは、パンより食べるでしょう」
「「カリス」」
おれとシトエン嬢の言葉が重なる。
「穀物だ。水で炊いて喰う。ミラ皇国の主食だな」
ヴァンデルが説明をし、肩を竦めた。
「塩とカリスがあれば生きていけるぞ、あの国のやつらは」
「その言い方」
慌ててたしなめる。一応このマーダー卿もそちらの国の方ではないのか。
「そうですね。カリスは誇りでもありますから」
だが、マーダー卿は逆に誇らしげに胸を張るもんだから、食べ物ってすげえな。
「カリスは普通に買えるのですか。この領では」
シトエン嬢の言葉に、マーダー卿もヴァンデルもそろって首を縦に振った。
「なんなら、領内でカリスを作っている者も多数いますから」
ヴァンデルの説明を途中からシトエン嬢は聞いていないように見えた。何度も「なるほど」を繰り返す。
そんなシトエン嬢を見て、ヴァンデルが頭を下げる。
「どうか、ぼくの貧血を改善させたように、お知恵を拝借できないだろうか」
「もちろんです。わたしでお役に立てるのであれば」
あっさりとシトエン嬢が応じるから、おれは焦った。
「断ってもいいのですよ。怖くはないですか?」
そう。それだ。
怖くないのだろうか。
もしも感染してしまったら……。
下痢するわ、動けなくなるわ、身体が青黒くなって死んでしまうのだ。
「もし、わたしの知識で救える人がいるのなら、わたしはわたしの知識を提供すべきでしょう」
シトエン嬢はおれに対して頷いて見せた。
「度数の強い蒸留酒と、スカーフをいくつかご用意いただけますか? それがそろい次第、患者のところに行きましょう」
ヴァンデルとマーダー卿は顔を見合わせて笑いあうと、競うようにシトエン嬢に手を突き出した。握手を求めているらしい。
シトエン嬢は少し迷った後、右手でヴァンデルを。左手でマーダー卿と握手をした。




