40話 竜紋を持つ者
「竜紋については、我が国の文化であり、かなりの部分が秘匿されていて……。それでもティドロス王家の皆様はそのことについて配慮してくださっていることには本当にいつも感謝しています。なので、もう少しわたしも早く竜紋についてお話をするべきだったんだと思います。申し訳ありません」
済まなそうに目を伏せるから、俺は片手にコップを握ったまま「そんなことはない」と手を振る。
「形さえも口にしてはいけないんだ。慎重になるのは当然だ」
「だけど、信頼できるひとたちばかりだったのに。わたしは甘えていたんです」
そう言ってから、シトエンは手を膝の上に置き、俺をまっすぐに見た。
「以前、わたしには前世の記憶があるとお伝えしたと思います」
「ああ、医者……だったんだよな?」
「竜紋を持つ者というのは、すなわち前世の記憶を持つ者なのです」
今度は俺がぽかんとシトエンを見つめる番だった。
「ぜ……全員がそうなのか?」
ようやくそんなことを尋ねると、シトエンは苦笑いした。
「そもそも竜紋を持つ者自体、かなり少いのです。いまだと……もうわたしか……もうひとりぐらいしか生きていません。もうひとりいらっしゃったようですが、病で亡くなられたとか」
「そうなのか……」
誰が竜紋を持つのか、調べようがないもんなぁ。他人が見るきっかけなんてないんだから。
「創国にまつわる黒竜というのは、異世界とタニア王国をつなぐ役目をしているといわれています。ですから転生者がタニア王国には稀に生まれるのだ、と」
「なんのために?」
「タニア王国の繁栄のために、です。例えばいまのタニア王国より少し進んだ科学力のある世界に暮らしていたものが転生した場合、彼らの知識や能力というのはとても役立ちます。わたしの医療知識もそうですし、古くは灌漑設備や鉱物資源の利用方法などがあげられるのではないでしょうか」
あ、と声が漏れた。
ラウルが聞いた教授の話。あれもそのような話だった。
「竜紋を授けられた者は、生涯かけてタニア王国繁栄のために務めると聞くが……。それじゃあシトエンは嫁ぐ前に医療知識をタニア王国に活かしていたのか?」
尋ねると、シトエンは困ったように笑って首を横に振った。
「わたしは16歳の時に桃を食べてアナフィラキシーショック……えっと、体質に合わずにショック症状を起こし、前世の記憶を呼び覚ましました。そのことに気づいた大僧正さまから竜紋を授けられましたが……。それ以前からタニア王には格別のご配慮を賜っていたため、わたしがタニア王から『国のために務めよ』と命じられたのは、あくまで国交です。当時はルミナスとタニアを。いまはティドロスとタニアとの仲を婚姻によって深く強い結びつきにすることでタニアを守れ、と。そういうことでした」
じゃあ、医療知識については副産物みたいなもんだったのだろうか。
いや。
それも含めたタニア王のお考えだったのかもしれない。
「その竜紋を持つ者なのですが。わたしもあくまで伝説として聞いていたのですが」
シトエンはしばらく視線を宙に彷徨わせて言葉を探しているようだった。俺は黙って彼女が話し出すのを待つ。
「ごく稀に記憶を共有できる者がいるそうなのです」
「記憶を、共有?」
なんのことだ、と眉根を寄せると、シトエンは「例えば」と続けた。
「わたしが前世の生活をサリュ王子に話したとします。スマホというものがあって、それを使えば遠くにいる誰とでも会話ができて、メッセージが文字で送れて……。なんなら動画を見ることもできます。本なんてなくても世界中のあらゆる情報を検索することができて、即座に自分の必要とする答えを得ることができます。それは、こんな小さな形をしています」
「ん? ん? ん?」
戸惑いながらシトエンの話を聞いていたけど、彼女が両方の親指と人差し指を互い違いにして長方形を示した途端、ぴこん、と閃くものがあった。
「あれか! ポケットから取り出して耳に当てて話しかけてたやつ!」
「よかった! 夢に出てきましたか?」
シトエンがほっとする。
やべえ、あの四角いなんかのやつ、そんなすごいものなのか。
「それ、シトエンは作れるのか?」
「まさか」
びっくりしたようにシトエンは声を裏返す。そんな声も可愛い。
「サリュ王子は剣を使用されますが、その剣を作れるわけではありませんよね? 鋼を打ったり刃先を研いだり」
それもそうか。使用できるけど作成するのは別。
「わたしは確かに医療知識を持っていますが……。例えばこの世界では通用しない治療法もあります。道具がないからです。その道具も作成者とイメージを共有できなければ製造が難しい。いま、宮廷医師団と点滴作成について話をしていますが、つくづくそう思います。夢には出てきましたか? 点滴。針と管をつなぎ、身体に刺して輸液を送り込みます」
「見た……かも。身体から管がいっぱい伸びてて、光が明滅する箱につながっている」
「自動輸液装置ですね。あそこまで高度なものは無理ですが……」
シトエンは、ほうと息を吐く。
「まさか……わたしにそんな能力があって、それがサリュ王子に影響を与えていたなんて……。すみません、まったく気づかず……」
なんかまたしょぼーんとするから、いやいやと首を横に振る。
「だってそりゃ、シトエンの竜紋にキスできる奴なんて世界中に俺だけだろうし!」
気づかなくて当然だろうと言い切ったら、今度はまた真っ赤になってうつむいてしまう。
……ごめん、また俺変なこと言った……。でも正しいことだしっ。俺と同じことできるやつは俺の前にも俺のあとにもいない! つまり俺のみだ!
「そ……そうですね」
シトエンは顔を真っ赤にして小さくなる。
そんな彼女を可愛いなぁと愛でていたが……。
いや、違う。そうじゃなくって、と思い直した。
「なあ、シトエンが狙われている理由って、この竜紋にまつわる能力のせいじゃないか?」
掌をひらひらさせ、熱くなった自分の頬を扇いでいるシトエンに、そっと俺は話しかける。
「わたしが……狙われる理由が竜紋?」
シトエンはきょとんとした。




