37話 俺はあんたじゃない
◇◇◇◇
てっきり目の前に鏡があるのかと思った。
「……あ?」
だけど口を開いて声を発したのに、目の前の俺はまったく違う表情をしていた。
目の前の、俺そっくりの男は、困ったように笑って、少しだけ首を右にかしげる。
そして。
そいつの服を見て思い出す。
ネイビーの制服の上下。
あの夢の男だ。
「あんた……」
呟きが口からこぼれる。男はにこりと微笑むと、ゆっくりと俺に向かって手を伸ばす。
その手が俺に触れた途端。
触媒にしたかのようにまたあの強烈な悲しさというか辛さというか。絶望に似た苦みが口に広がって……。
「違う! 俺はあんたじゃない!」
気づけば手を振りほどき、怒鳴っていた。
「あんた、俺になりたいみたいだが、俺はあんたじゃない!」
男は視線をそらさない。
見れば見るほど俺によく似ていた。
違うのはしぐさや表情だけ。
「シトエンだってそうだ。シトエンはあんたの愛した女じゃない」
夢で見た白衣の女。
なぜだかシトエンだと思ってしまう女。
「あんた、あの白衣の女が好きなんだろう? 自分の命を挺してまで生きてほしいと願ったんだろう? その気持ちはわかるよ。誰かを好きになったことがあるやつならみんなそうだ。だけどな」
俺はきっぱりと告げる。
「俺が大好きなシトエンは、あんたが愛した女とは違う」
何も言わない男に、俺はまくしたてた。
「シトエン・バリモアというあの娘は……賢いのにどこか放っておけなくって……。傷つけた相手のことなんて放っておきゃいいのに手助けするぐらいお人好しで。大人びているのに子どもみたいな顔で菓子を食うあの娘は、俺の大事な妻だ」
男はじっと俺を見る。俺も目をそらさずに断言した。
「俺はシトエンの側を離れない。絶対にだ。シトエンより先になんて死ぬもんか。悲しむ顔なんてさせない。俺はシトエンをこの手で守ってずっと生きていく。ずっとだ」
一息に言い切ると。
男は少しだけ。
微笑んだように見えた。
そして。
もう一度俺に手を伸ばす。
思わず背をのけぞらせるが。
男はくすりと笑って、俺の目の前でぱちんと指を鳴らした。




