32話 賊の捕縛
◇◇◇◇
最終日。
長兄夫妻が主宰し、ティドロスの重臣と高位貴族、それからアリオス王太子とメイルを迎えた舞踏会は、滞りなく開催された。
長兄夫妻のファーストダンスはさすがというか、格が違った。
いつもはのほほーんとスローに動くユリアがあんなにきびきびと動けるとは。しかも息がぴったりだ。
その次に俺とシトエン、アリオス王太子とメイルがダンスを披露したのだが。
……まあ、「普通」ぐらいには踊れたと思う。
シトエンの足は踏まなかったし、転倒もなかった。ぎこちないのはどうしようもないので、それを考慮すれば、いままでで一番いい出来だと思っている。
拍手の大半はアリオス王太子とメイルにもっていかれたが……。
あいつら、来賓だしな!
きっと重臣たちも気を使って奴らに拍手を送ったんだろう!
それが大人な対応ってもんだ!
そのあとは、いろんな人間にダンスを申し込まれてシトエンは引っ張りだこだった。
俺は警備の報告だの進捗状況だのを聞きながら、気が気ではない。シトエンによからぬことをしようものなら叩っ斬ってやろうとおもっていたが、そんな不埒者は我が国にいなかったようだ。
ようやく舞踏会が終了し、最後の客を見送ったところで俺たちは会場を出て休憩室に移動する。
ここでようやく俺は上着のボタンが外せた。
下にプロテクターをつけてるから暑いのなんの。窮屈だし、動きにくいことこの上ない。
「やれやれ」
思わず声が漏れると、隣から軽やかな笑い声が聞こえる。シトエンだ。
「お疲れさまでした。ようやくリラックスできますね」
ダンス用のドレスは黄色。時季は違うが、まるでミモザの妖精のようだ。
「シトエンもお疲れ様。あのさ」
もうすぐきっとお開きになる。
警備のこともあるからすぐには屋敷には戻れないだろうが、確認したいことがあった。
「なんですか?」
きょとんとした顔の彼女に言うべきかどうかためらう。するとシトエンが俺の手をぎゅっと握った。
「このところの夢のことですか? わたしになにか伝えたいのですか?」
不安そうな瞳のシトエン。
俺は腹を決めた。
「そうなんだ。夢というか……竜紋のことなんだけど」
誰もいないのに声を潜めてしまう。シトエンは予想外だったのだろう。
「竜紋?」
シトエンは言葉を舌先で転がすようにして繰り返した。
説明しようとしたら、入室者だ。
振り返るとアリオス王太子とメイルがいた。
「サリュ王子。なにごともなく良かった。礼を言う」
アリオス王太子は心底安堵した様子で手を差し出してきた。握手らしい。
「いや、そちらこそ。警備に護衛騎士を貸し出してくれて感謝する」
握手をしながらもう片方の手で、アリオス王太子の背中を軽くたたく。そしたらハグしてくるんだもんな。なんかすっかり仲良くなった気分だよ。
そうだ、メイルはどうした、とちらりと見るが……。
こちらはもう見る影もない。
数日前に出会ったときとは別人のようだ。
シトエンがなにか話しかけているが、力なくうつむいたまま。
あの馬車襲撃以来、ずっとこんな感じらしい。
さっきの舞踏会でも、アリオス王太子とのダンスが終わったら、「疲れた」と言い出し、侍女とともに壁際でずっと座っていたらしい。
「アリオス王太子。早く帰りましょう」
泣き出しそうな顔つきでメイルはアリオス王太子の袖を引っ張っている。
たぶん、もう何度も同じことを言っているのだろうが、アリオス王太子は辛抱強い。
「そうだな、早く帰りたいな。それは私もだ。でも夜に移動するのは危ない。明日の朝を待って出よう。よく頑張ったな、メイル」
俺とシトエンは無言で視線を交わす。
馬車襲撃後、すぐにメイルは「ルミナスに帰りたい」と訴えたようだが「公務は最後まで続けよう」とアリオス王太子に何度も説得されたのだそうだ。
「いろいろとお疲れさまでした」
次に入室してきたのは、長兄夫婦と宰相だ。
接待をしがてら休憩室に連れてきたのを見ると……。
やべえ。俺、さっさとシトエンとこっち来ちゃった。ひょっとしてアリオス王太子を接待しながら連れてこないといけなかったんじゃないかなと、ひやりとする。
「アリオス王太子」
長兄が呼びかける。メイルを意識しているのだろう。珍しく語気も柔らかい。
「追加で護衛をするルミナスの騎士たちは滞りなく国境を抜け、王都に向かっていると報告があった。メイル嬢もその威風堂々たる貴国の騎士たちを見ればきっと安心するだろう」
長兄にエスコートされたユリアも力づけるようにうなずいている。
ふたりの後ろにいる宰相もなにかメイルに声をかけて励ますのかと思ったら、ただじっと見つめるだけで何も言わなかった。
「レオニアス王太子殿下にはこのような素晴らしい舞踏会にご招待いただき、本当に言葉もありません。そのうえ、メイルへのお心配り、ありがとうございます」
アリオス王太子が丁重な礼を述べる。本当にこいつ、初めて会った時と大違いだ。
長兄がゆるゆると頭を横に振った。
「いやなに。今後ともこうやって互いに行き来しよう。明日のご帰国に備え、今日はもうゆっくりなさるといい」
「ありがとうございます。それでは」
アリオス王太子がメイルの耳元に唇を添えてなにか囁いた。メイルがこっくりと首を縦に振る。退席する、ということなのだろう。
宿泊室まで案内しようかな、と思っていたら、出入り口が急に騒がしくなった。
緊迫感あふれる声も聞こえ、俺はアリオス王太子と長兄に目線で「動かないで」と伝えて、佩剣の柄を握りしめる。
「団長、いますか! 賊を捕縛しました!」
入ってきたのはラウルだ。
続いて、縄で後ろ手に縛られた黒ずくめの男を団員が三人がかりで引っ立ててきている。
ぴょこんとその後ろから顔を出したのはロゼ。たぶんモネもいるのだろうが、ラウルは「扉の前で警護!」と短く指示したため、あっかんべーの顔をして身体をひっこめた。
「やれやれ。ようやくかよ」
なんかここでも肩の力が抜けた。
いっつも逃げられっぱなしか、死体だったからな。
これでようやく敵の内情を探れるかもしれん。
「どこで見つけたんだ?」
「舞踏会の参加者に紛れ込んでいました。従者のふりをしていたんですよ」
誇らしげに団員のひとりが俺に報告する。よし、よくやった。あとで金一封だ。
「どこの誰に頼まれた」
長兄がずかずかと近づいて尋ねるからビビる。ちょ……、あんた怖いもの知らずだな。
「レオニアス王太子は少しお下がりください。なにかあっては危ない」
ずい、と長兄の前に身体を差し込む。一応俺はプロテクター着てるし、ダンスはできないが武芸は長兄より秀でている自信がある。
「おい、誰に頼まれた。拷問にかけないとしゃべらないのか?」
ラウルがすごむ。
黒ずくめの男は相変わらず無言だ。
無言だが……。
すいっと視線を移動させる。
誰もがつられるようにそれを追い。
そして。
賊の視線の到達点である宰相を見た。




