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2日目 婚姻記念パーティー②

書きたい欲が出てきちゃいました

不定期更新m(__)m

 

 支度をして会場である大広間に向かうと、そこにはすでにアルバートとアンナが居た。


 昨日まで婚約者だった男と同じ空間には居たくはないが……こればっかりは仕方ないと不満を飲み込んで従っていると、そんなセシルの我慢を踏み躙るように件の男は目敏くこちらに目を向けた。


 そして、セシルの隣にいる人影に気付くと、鬼の形相で睨みを利かせる。


「――なぜ貴様がここにいる!?」


 アルバートは隣にいるアンナを放って、怒鳴り声をあげるとずかずかと歩み寄ってきた。

 けれど彼の怒りの矛先はセシルではなく、彼女の隣にいるウルガルドに向けられたものだった。


「貴様のような人間が居て良い場所ではない! すぐにこの場から消えろ!」


 あまりにも理不尽で横暴な態度に、セシルはムッとした。気分が良いものではない。けれどあんなことを言われたというのに、当の本人には気にする様子はなかった。

 いや、そういうふりをしているだけだ、とセシルは理解した。


 初めて会って、昨日の今日だが……困ったように眉を下げたあの表情は一度見たことがある。


「それは貴方の独断で決められることではないでしょう?」

「な、なんだと!?」


 思わず口を挟んでしまったセシルに、ウルガルドは大層驚いた。

 あの鬼のような形相をした兄相手に、こうも毅然としていられるとは。固まっているとセシルはなおも反論を続ける。


「このような場で家名に泥を塗るような言動、慎んだ方がよろしいのでは?」

「ぐっ……!」


 流石のアルバートも正論には勝てずに口籠る。

 してやったりとほくそ笑んでいると、それでもアルバートは目敏く突っかかってくる。


「だが、貴様は何の関係もないだろう。さっさと俺の前から消えろ!」


 彼の発言にセシルは瞠目した。きっと隣にいるウルガルドも同じ反応だろう。

 おそらくだが……アルバートは二人の関係を知らない。


「この人は私の婚約者です」

「……は?」

「昨日決まった取り決めです。それこそ貴方には――」


 口上をすべて言い終える前に、アルバートは対面する二人の前に割り込んできた。荒々しく伸ばされた腕がウルガルドの襟首を掴む。


「貴様は……俺からどれだけ奪っていけば気が済む。出来損ない風情が、俺の顔に泥を塗る気か!?」

「兄上……私は」


 抑えきれない怒号は大広間にいる全員の注目を浴びてしまった。集まりつつあった貴族たちも何事かと奇異の目を向けてくる。

 それを待っていたかのようにアルバートは掴んでいた手を離すと、腰に帯刀していた剣を抜く。


「抜け、愚弟。その腐った性根、叩き直してやる」

「はい……」


 意外な展開に野次馬たちは騒めき立った。

 けれど今の状況を間近で見ていたセシルには、何の面白みもない。むしろ苛立ちが募っていくばかりだ。


 ――性根が腐っているのはどっちだ!


 あまりにも腹が立って言ってやろうかと思ったが、そんなセシルを宥めるようにウルガルドはかぶりを振る。彼の様子を見て、セシルは黙ることにした。

 こうなってしまったアルバートを止めるには、これしかないのだろう。きっとこういう状況は今までに何度かあったのか。ウルガルドはさして動揺もせずに兄の後を歩いていく。


 大広間の中央には決闘にはおあつらえ向きの空間が出来ていた。騒ぎを聞いた貴族たちが気を利かせて用意したのだろう。

 馬鹿らしいし不毛だとセシルは思った。この場の決闘なんてものはやる前から結果が決まっているからだ。


 いくら兄弟同士とはいえ、次期当主であるアルバートの顔に泥を塗る真似はできない。こういったことに疎いセシルでも感づくのだ。聡明なウルガルドなら事前に分かっていたことだろう。


「次期当主と弟君の決闘か。これは見応えがありますな」

「どちらとも剣の腕前は達者であるというではないか」

「ここはやはり次期当主様でしょう。グランのあの名刀を振るう姿、いつ見ても箔がある」

「弟君も負けておらんぞ。剣の腕は歴代一というではないか」


 ――だがなあ、弟君はアレだろう?


 周囲ではどちらが勝つか、密やかに賭け事が行われていた。

 低俗すぎて憤りが募る。そんな折、隣から聞きたくもない声が聞こえてきた。


「お姉さま、ご機嫌いかが?」

「……まあ、普通かな」

「気分が悪いようでしたら帰られてもよろしいですよ」

「うん、これが終わったらね」


 セシルの興味なさげな返答に、アンナは気を悪くしたのだろう。無視しておけばいいものを、突っかかってきた。


「先ほどは驚きました。あの方がお姉さまの婚約者だとは」

「それがどうかした?」

「いえ、出来損ない同士、お似合いでしてよ」


 気にしないように努めていたのに、アンナのその一言がどうしても我慢できなかった。自分のことを貶されるのはいい。だけど、出来損ないと揶揄される謂れのない彼にも同じ言葉を吐かれるのは耐えられなかった。


「私も、あんなのが婚約者じゃなくてよかったと思ってるよ」

「あ、あんなの……?」

「あなたのこと、少しも気遣わないであんなことやってるんだもの」

「そ、それは……」


 セシルの一言にアンナは反論なく口籠った。正論で図星だ。何か言えるはずもない。

 二人の舌戦が終わるころ、決闘の準備が整ったのか。大広間から次第に喧噪が無くなっていく。


 中央には二人が抜き身の剣を携えて向き合っていた。

 アルバートが構えているのは、グラン公家の名刀と言われる刀剣だった。刀身が淡く発光し、誰が見ても美しさに感嘆する。

 それを自慢げに掲げて、アルバートは宣言する。


「これより両者同意の元、決闘を行う。先に一太刀浴びせた方の勝ちとする。それでいいな」

「はい」


 返事をしてウルガルドも剣を構えた。

 彼の手元にはしっかりと手入れされた鋼が握られていた。鏡面のように磨かれた刃は、持ち主の性格を表しているようにも見える。

 煌びやかに輝く名刀よりもこちらの方が好きだな、とセシルは思った。


 両者、構えが済んだところで剣撃の鈍い音が響いた。

 セシルは剣闘の何たるかを知らない。けれど、素人目から見ても両者に差があることは理解できた。


 力任せなアルバートの一撃をウルガルドは華麗にいなしている。打ち付け合った瞬間に刀身を滑らせて余計な力が掛からないようにしているのだ。

 彼の剣技には確かな技術が見えた。どちらが実力で優っているのか。知る人がこれを見ればすぐに判断がつく。


 でもこれは決闘であり、ただの余興であり。そして――決着はすぐについた。


 剣の切っ先が肩口を抉り、白い隊服に赤い染みをつける。それが終了の合図になった。


 ――瞬間、セシルは駆け出していた。貴族たちの人垣を割り入ってウルガルドの元に駆け付ける。


「っ、たてる!?」

「え、」

「もういい、戻ろう」


 突然腕を掴まれたことにウルガルドは困惑して瞠目する。こんな公衆の面前で恥をかくのは自分だけでいいのに。

 そんなことを考えているうちに、セシルは強引に腕を引くとそそくさと大広間を後にした。


「セ、セシル様!? その、手を引いていただかなくても自分で歩けます」


 別に歩けないほどの怪我は負っていない。

 先ほどから無言のセシルに声を掛けると、そこでやっと彼女の足は止まってくれた。


「は、な……なぜ泣いておられるのですか?」

「……わからない」


 振り向いたセシルの涙を見て、ウルガルドは今日一番の動揺を見せた。先ほどの修羅場よりも慌てている彼を見て、どうにも涙が引っ込んでしまう。

 あの場で感じた怒りも哀しみも、すべて吹っ飛んでしまった。


「見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありません」

「……」

「貴女の護衛も任されているというのに、これでは面目が立たない」


 セシルの涙に動揺したウルガルドは終始俯いたまま、謝罪の言葉を口にする。本当なら目を見て話すべきだが、女性の泣き顔は見慣れていない故なかなか直視できないものだった。

 意を決して顔を上げたウルガルドの視界には、先と打って変わっておかしそうに笑うセシルの微笑があった。


「え?」

「ウル、先の決闘、とってもすごかった!」

「ウル!?」


 色々なことに驚きつつも、彼女の言葉に同意できないウルガルドはかぶりを振った。過程はどうであれ結果は負けたのだ。

 自分を想ってくれているこの人に誇れるものではない。


「いえ、そこまで言われることは」

「弱者は負けることしかできないけど、強者は勝って負けることもできるんだ」


 聞こえた声にハッとして顔を上げる。

 彼女の言葉は言外に語っていた。


 ――わざと勝ちを譲ったことを。


「立派だったよ」

「……っ、ありがとうございます」


 彼女の言葉一つで、心が軽くなった気がする。

 セシルは普通とは少し違うけど、それがなんだか心地よかった。自然と口元に笑みが浮かび、そんな婚約者の姿を一目見てセシルは彼の手を引いて歩き出す。


「部屋に戻って傷の手当てをしよう。面倒なパーティーも抜け出してきたし、こんなドレスもすぐに脱ぎたい」

「そうですね」

「その後は二人きりでゆっくり過ごそう」

「……いや、私はセシル様の護衛任務があるので」


 ――堅物なところは玉に瑕だけど。



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