第36話 厚い皮膚より速い脚
「にゃっふ?カニかのう?けったいな姿じゃがカニじや、それにしても小さいのう、Sサイズといったところか……んにゃあ…カニかぁ」
おん?カニは天下の高級食材やぞ?なんかあまり嬉しそうじゃないな?あー、思い出した。昔近所の野良猫にカニあげようとして婆ちゃんに怒られた事あるわ、猫に甲殻類あげたら腹壊すって言ってた。なるほど、俺ワンチャン食われずに済むんじゃね?
「せっかくのカニじゃというのに…小さいのう」
あ、違うぞこれ、小さくてションボリしてるんだ。ですよねー、いくら猫の姿でも食の魔王が食あたりなんかしませんよねー。
「にゃふふ…どうせならあっちのヤドカリのが食い出がありそうだわい。Lサイズかの…もうワンサイズ大きくなれば食べ頃サイズになるんだがのう」
S、M、Lの次は食べ頃サイズねぇ、初めから食う気しかねぇじゃねぇか。
…ロベリアを守ると誓ったんだ、こいつはここで仕留めないといけない。勇者と共闘出来る今がラストチャンスだ。それにあの魔法使いのお姉さんも強いはず。
「リベット、お前は余計な事はするなよ?ヘイトを買うだけだからな」
ん?おやぁ?防御魔法は凄かったのに…攻撃魔法はしょぼい感じ?
「分かってるわ。そもそも私は生産職だもの…力量に見合わない事はしないわよ」
魔法使いじゃなかったぁ!?まぁ…良いか、防御魔法は凄いし、カーラを守ってくれるだけでもめちゃくちゃ有難いってものだ。
カーラ…そういえばカーラの魔道具のプルメリアはどこに……あ。
その時、カーラの腕の中から一人のお人形が地面に降り立ち、カーラと同じ大きさまで成長した。プルメリアだ。元のサイズの人形に戻して抱えていたらしい。
プルメリアの手にはカーラのお姉ちゃんが持っていた剛弓が握られていた。そして俺の傍まで来るとスカートの端を軽く摘んで会釈する。まったく律儀な事で。
戦うというのなら連れて行こうじゃねぇの。俺は自分の鎧からタコの触手を伸ばすとプルメリアを掴み、自分の上に乗せてやった。どうせなら流鏑馬と洒落こもうって魂胆だ、馬と比べたら不格好にも程があるけど速さは折り紙付きだぜ。
『ふひひひ、あ…あるじぃ…開幕の合図を…なぁ、は…派手にぶちかましてやろうぜぇ……ふひ、ひひひひ』
おう、キャニスター弾装填!頼むぜテルマ!
『ふひひひひひ…ひゃっはああああああ!』
俺の砲塔から撃ち出された砂岩の弾丸は猫魔王ヤマネコの目前で破裂し、中から大量の砂利が散弾として飛び散る。しょぼい弾丸ではあるが開幕の合図には持ってこいの派手な飛び散り方だと自負している。これならダメージにはならなくとも目くらましには十分だ。
砂利が出す乱雑な音の中に混ざった鋭利な風切り音が一つ、プルメリアの放った矢がヤマネコの眉間に向かって放たれていた。
砂利の隙間を掻い潜り飛んで行く一本の矢、これに気付くのは至難の業だろう。カニの視力を持つこの俺でも砂利と矢を見分けるのは難しい。
しかし期待とは裏腹にヤマネコは砂利の中から的確に矢を叩き落とすと不満気な間抜け面で呆れていた。砂利は当然の様にダメージにならずバラバラと地面に落ちていく。
「ふにゃあ?一つ変な風切り音がすると思ったら…何じゃの?爪楊枝かの?」
音?そうか、猫は耳が良いのか、…だがもちろん俺だって初手で決まるだなんて思っていない。矢も囮だ、俺の隣に居た勇者、ラフロイグが砂利の弾幕と共に姿を消している。
即興にしてはなかなかのチームワークじゃないか?音で察知するなら音もなく距離を詰めるラフロイグの不意打ちには対処出来まい。
しかしそれでもラフロイグの攻撃すらも届かない。
猫特有のしなやかなステップで…って、デブ猫なもんだから横ステップを踏むと同時に弛んだ贅肉が脈動して何とも格好がつかない。何でアレで素早く動けるのか不思議だ。
「にゃっふふー、残念じゃのー」
あの連携でも当たらないとは、ヤマネコの間抜け面に腹立たしさを覚える…が、おや?良く見ると顔が真剣な様に見えるぞ?なるほど、今のは割と焦ってたな?
『あるじぃ…残りはキャニスター弾3発と焼夷弾1発だぁ…どうする?』
キャニスター弾装填だ。焼夷弾は無駄撃ち出来ない。
『あいよぉ………あ、あるじぃ、こっち来るぞぉ』
こっちに来たか、やはり焦っているようだ。大事な食材である俺を潰してでも殺しやすい方を先に減らしとこうって魂胆だな?
だが…ふふ、ふははははは!!その贅肉蓄えた身体で俺の脚に付いて来れると思っているなら笑い話も良いとこだ!サイズが同じなら世界最速の生き物はスナガニだ!つまりスナガニの力を併せ持つ俺が世界最速だ!
ヤマネコが飛び掛ってくるその刹那、すれ違う様にして走り抜ける。ヤマネコごと世界を置き去りにするかの如き超加速に俺の脚が悲鳴をあげるのを感じた。
やはりスナガニの最大速度で今の重さの脚を動かすのは無理があるようだ。今の俺の脚はロベリアの分厚い甲殻を外殻とし、内部はタコの筋肉が詰まっている。つまり自分の脚ですら無い。無理にアクセル全開にすれば壊れるのは必然なのだ。
「にゃ……ふ?」
俺を見失ったヤマネコにプルメリアの矢が深々と突き刺さる。
世界最速の流鏑馬だ。俺の上から落ちなかっただけでも賞賛物なのにすれ違いざまに矢まで射るのだから味方ながらに恐ろしい。
『あるじぃ、もう一回…走れるかぁ?』
なるほど、怒ったヤマネコが完全に俺を敵として認識した様だ。だが…すぐには全力疾走する事は出来ない。脚部の装甲の回復に数秒のクールタイムが必要だ。
『ひやぁ…来るぞぉ…あるじぃ』
良し、テルマ!今だ、キャニスター弾発射!
『お?ぉお、ふぁ…ふぁいああ!』
頭に血が登ったヤマネコの目の前で再び散弾が炸裂する。当然ながらこれも目くらましだ。本命は悔しいがやはりあの男、勇者ラフロイグだ。
「にゃぁあに!?」
ヤマネコ背後に迫ったラフロイグの一太刀がヤマネコの毛皮を切り裂いて血が吹き出た、あれは間違いなく致命傷だ。勝負あったか?…なんてのはフラグだよなぁ。
デブかったヤマネコの身体が見る見るうちにスリムになっていく。まるで空気を抜いた風船の様だった。それと同時に出血も止まっていた。
「にゃふぅー……にゃふぅー…………ふぅ、舐め過ぎていたのう……奥の手を使ってしまったにゃぁ。せっかく蓄えたカロリーを消費してしまったにやぁあぁ」
スリムになったヤマネコからはさっきまでの間抜けさが無くなっていた。
それにしても、カロリー消費して回復って…お前本当に猫か?
いやぁ、ヤマネコもベートカには言われたく無いでしょうね(笑)
本当にカニなんでしょうかねぇ(笑)
さておき、ヤマネコの回復は猫としての技能ではありません。食を司る魔王としての能力で自然回復を早めたものになります。




