63話
四人目の出産も、魔法の行使が必要な場面が出たものの、結果的には無事に終わった。
現在、四人目の赤子は籠の中に入ってスヤスヤと眠っていて、そしてフラシオンはベッドの上の住人と化していた。
フラシオンは、四人もの胎児を産み落とすという重労働をしたうえで、魔法を使った赤子の急成長のためにへその緒を通して栄養が奪い取られたことで、体力が底をついたうえに栄養失調状態に陥っていた。それこそ、ベッドの上から起き上がれないぐらいの体調になっていた。
そんな寝たきりのフラシオンの口へと、ブリルーノが匙を向ける。匙の中は、牛乳で煮たパン粥だ。
「ほら、食え。栄養が足りない状態では、体力回復の魔法をかけることはできない。だからまずは器一杯分の粥を食え」
「わ、わかってるよ。でもさ、食べさせてもらうってのは気恥ずかしくて」
「言っている場合か。腕を動かすのも億劫なはずだ。俺様が手を貸してやっているのだから、大人しく食え」
ブリルーノの強硬的な態度を見て、フラシオンは口を抗議のために使うのではなく食事のために使うことにした。
ブリルーノの手を借りながら時間をかけてゆっくりと、フラシオンは器一杯分の粥を食べ終えることができた。
「よしっ。胃の中のものが消化するのに少し時間を置く。その時間で、次の食べ物の用意をする」
「えっ。まだ食べさせる気なのかい?」
「心配するな。俺様の魔法を食らって体調が良くなれば、自ずと食欲が湧いてくるからな」
ブリルーノは、使用した器と匙を手にすると、部屋を出ていった。
フラシオンはその姿を見送ってから、次にベッドの上から見れる範囲の廊下の様子に目を向ける。
出産中は、出産に必要となる物品が置かれていた場所だったはず。
しかし出産が終わった今では、物品が置かれていたとは思えないほど、物一つない綺麗な状態の床があるだけだった。
先のパン粥が煮えるまでの時間を使い、ブリルーノが全ての物品を片付けたからだ。
「ふふっ。自分のことを俺様と呼称する割には、気が利く良い男じゃないか」
フラシオンは笑うと、腕に力を込めて持ち上げる。
パン粥を食べてすぐでも体力が多少戻ったようで、腕一本程度なら気合で動かせるようになっていた。
フラシオンはその腕で、自分の傍らに置かれている籠の中――先ほど産んだばかりの赤子の頬に指先を振れさせた。
「ちょっとナリは小さいけど、ちゃんと生きているって、これからも生きてやるって熱を感じるね」
四人いた胎児の中で、唯一自分の手元に残った赤子。
その存在を指で感じて、フラシオンの心に決意が灯る。
「この子は、必ずこの手で育てる。もし取り上げようっていうのなら、実力行使だって辞さないよ」
フラシオンは、騎士爵家の子だ。女だてらに戦うための手ほどきを受けて育った背景がある。
一方で彼女の夫であるパザンプは、根っからの王都貴族で、企み事には長けている部分はあれど、腕っぷしに自身がある人間ではない。
だからフラシオンが腕力に任せれば、パザンプの腕力では子供を取り上げることは不可能。
パザンプが企みでもってフラシオンから子供を取り上げようとしても、覚悟完了しているフラシオンであれば肉体言語でもって陰謀の輪を脱出することができる。
フラシオンが赤子の養育に関して不退転の決意を固め終えた頃、ブリルーノが戻ってきた。
その手には器があり、熱々に煮込まれた肉と根野菜のスープが入っていた。
「……この短時間で、そんなスープを作ったってのかい?」
肉も根野菜も、茹で上がるまで時間がかかるもの。
さっきブリルーノが去って、いま戻ってきた時間で、完成できるものではない。
ちゃんと火が通っているのかと心配するフラシオンに、ブリルーノは自慢げな態度になる。
「俺様ぐらいの魔法使いになると、料理なんてものは魔法を使えば一瞬で出来上がる。それも極上の火入れでな。だから俺様たちが前線や魔物討伐に出張ると、兵士たちが喜ぶのだ。美味しい料理が口にできるとな」
「……宮廷魔法師ってのは、誰もが魔法で料理を作れるってのかい?」
「なにを言う。宮廷魔法師とは王家の守護者だぞ。有事の際に王家の者を守護する際、その口に美味い者を提供出来るように備えておくのは宮廷魔法師の任務の内だろう」
そんな受け答えをしつつ、ブリルーノはフラシオンの顔色や体調に目を向ける。
「食事を取ったことで、少しは顔色が良くなっている。これなら体力回復の魔法を使っても大丈夫そうだな」
言い終わるや否や、ブリルーノはフラシオンに体力回復の魔法を行使した。
するとフラシオンの底をついていた体力が健全な状態まで戻り、四肢と体に力が入るようになった。
そして体力回復と同時に、もの凄い空腹感に襲われることになった。
体力が戻ったことで、出産による疲労と赤子に奪われた栄養を求めて、肉体が食事を欲しているのだ。
フラシオンは思わず腹を押さえて、胃が鳴らないようにする。
そんなフラシオンの眼前に、ブリルーノが肉と根野菜のスープを差し出してきた。
耐えがたいほどに空腹であるので、そのスープの匂いを嗅ぐだけで、フラシオンの口の中は涎で洪水が起きていた。
「ほら、食べろ。お代わりもあるからな。遠慮せずに満腹になるまで食え」
「そ、それじゃあ、有難く貰うとするよ」
フラシオンは、空腹を見抜かれている恥ずかしさを感じつつも、食事の誘惑には抗えずスープが入った器を受け取った。
そして器に挿し入れられていた匙でスープを口に入れると、そのあまりの美味しさに、がっつくようにしてスープを瞬く間に食べてしまった。
「良い食いっぷりだ。次はスープだけじゃなく、パンや肉も持ってきてやるよ」
ブリルーノは笑い顔を見せると、殻になった器を回収して部屋から出ていった。
美味しい食事に我を忘れてしまったことに対して、フラシオンは赤面して恥ずかしがった。だが、まだまだ空腹感があるため、次はパンと肉があるのだなと楽しみな気持ちを抑えきれなかった。




