61話
フラシオンの四人目の出産が始まった。
この四人目の存在については、現時点でブリルーノとフラシオンしか知らないもの。
つまり、パザンプが他の貴族家に養子にどうかと連絡を入れることは不可能な存在であり、確実にフラシオンの手元に残る赤子になる。
確実かつ唯一自分の手で育てられる子だと知って、フラシオンの力の入れようは前三人の子供よりも上のように、ブリルーノには見えた。
「うぐぐぐぐぐー。ふうふうふう。うぐぐぐぐぐぐー」
フラシオンは、腹に力を入れては部屋の中を歩き回り、そして再び腹に力を入れて産み落とそうする。
その傍らで、ブリルーノは魔力視の魔法を使って、フラシオンの胎児の様子を観察し続ける。
フラシオンの四人目の胎児は、他三人に比べて、その身にある魔力の光が弱々しい。
魔力があるということは生きているという証拠ではあるものの、魔力の光の弱さは胎児が元気ではないという証拠でもある。
(儚い光ではあるが、吹けば消えるほどの死にかけの光り方でもない。弱々しくも生き抜こうとしているような光だと感じる)
ブリルーノは冷静にそう分析し、無事に出産はできるだろうと踏んでいた。
しかし時間が経つに従い、その考えを転換しようと考え始める。
なぜなら、胎児のいる位置が一向に変わらないからだ。
(前三人の胎児は、自分から腹の外に出ようとする動きがあった。だが、この四人目にはその動きがないように見える)
フラシオンがどれだけ力んでも、胎児の位置は小揺るぎもしない。まるで産まれることを拒否しているかのようだ。
(胎児の体が成長しきったとき、出産が始まる。そう考えると、この四人目は体が育ちきっていないから、まだ生まれようとしないんだろうな)
たとえ胎児がそう判断していたとしても、その判断の通りには現実はいかないものだ。
フラシオンが次に力んだとき、ずるりと彼女の股の間から出てきたものがあった。
それは、産まれ出終わった前三人の胎児のものだとわかる、切られたへその緒が繋がった胎盤――後産だ。
フラシオンは、自身が赤黒い血の塊を産んだのを見て、急速に顔を青白くする。
「えっ、これって、もしかして四人目の赤ちゃん?」
「違う。まだ胎児は腹に居る。それは余計なものがでてきただけだ、安心しろ」
すかさずブリルーノが説明すると、フラシオンは誤解が解けて安心した顔になる。
一方でブリルーノは、顔には出さないが、内心では大焦りしていた。
(チッ。こんな状況、アイスペクタから教えてもらっていないぞ。胎盤の排出が始まったってことは、四人目とへその緒で繋がる部分も剥がれ落ちかねない事態になったと考えるべきなのか?)
ブリルーノは混乱しつつも、努めて冷静さを保とうとする。
そうした上で、四人目の胎児の状況は悪くなっていると判断し、対抗する措置を検討し始める。
自分が選べる様々な手札を考えて、ある一つの手段を決断した。
「……フラシオン。四人目はどうにも産まれにくい状況にあるようだ。魔法で手助けが必要だと考えるが、魔法を使っても構わないか?」
「それは構わないけど、そう聞いてくるってことは、状況が悪いってことなのかい?」
「出産前に胎児と繋がるへその緒が剥がれて、胎児が窒息する可能性がある。可能性なだけで、確実にそうなると決まったわけじゃない。だが魔法で一気に産道を抜けさせた方が、もしもの自体が起きた時でも安心だ」
ブリルーノが自身の考えを説明すると、フラシオンは覚悟を決めた顔になる。
「その魔法って、立ったままの方が都合がいいのかい? それともベッドに寝ていた方がいいかい?」
「あまり動いてほしくはないから、ベッドに横になっていて欲しいな」
「じゃあそうしよう。早く魔法を使っておくれ」
フラシオンは急いでベッドの上に寝ころぶと、両足を左右に開いてみせた。
大股開きが目に飛び込んでくる形になり、ブリルーノはその思い切りの良さに呆れた。
「まあいい。魔法をかけやすくなったからな」
ブリルーノは、魔力視で胎児の様子を見極め、そして身長に魔法を行使する。
「やるぞ、物体操作」
三人目の胎児に絡んでいたへその緒を解くのに使った魔法を、四人目の胎児自体にかける。
しかしかける部位は、胎児の体全体ではなく、胎児の両肩だけ。しかも魔法の威力を極力押さえてだ。
ブリルーノは、目標とした部分に物体操作の魔法がかかった手応えを感じた瞬間に、四人目の胎児を産道に誘導する方向で引っ張った。
「お、おお! 動き出したのがわかるよ、宮廷魔法師のダンナ!」
「動きに合わせて力んでくれ。そうすれば、もっと引っ張りだしやすくなる」
糸で胎児を引っ張るような気持ちで、ブリルーノは弱い物体操作魔法を操っていく。
フラシオンも魔法の操作に呼応する形で、腹筋に力を入れて胎児を産もうとする。
そうした二人の息が合った活動もあって、徐々に四人目の胎児の頭が子宮口を通り抜け、産道へと体も出てきた。
フラシオンの産道は、先の三人の胎児が通り抜けたこともあって、胎児が通りやすい形に緩んでいる。
四人目の胎児も、他三人よりも体躯が小さいこともあって、するりするりと外へと出ようとしてくれる。
やがて産道の口に胎児の頭頂部が現われ、ブリルーノがもう一息だと物体操作魔法を操作すると、ずるっと頭部が産道の外へとまろび出てきた。
「おっと。ここまできたら、後は掴んで引き出した方が早いな」
ブリルーノは、胎児の頭を左手で添えるようにして掴むと、右手の指先を産道の中へ入れる。その右手指を胎児の体の肩甲骨あたりに引っかけた。
頭を支える左手と、肩甲骨に引っかけた右手で、一気に胎児の全身をフラシオンの体外へと引っ張りだした。
そうして産まれた赤子は、産声を上げない。
「チッ。逆さ吊りする」
ブリルーノは赤子の両足を片手で一気に持つと、赤子の頭が下にくるようの吊るした。そうしてから、赤子の尻を平手でバシバシと叩いた。
四度五度と叩いたところで、赤子の鼻と口から羊水の残りらしき液体が少量出てきた。
その直後、赤子の口から泣き声が上がった。
「ふひやー、ふひやー」
なんとも力のない、心配になるほどに弱々しい泣き声だ。
改めて見た赤子の体躯も、前三人と比べると半分しかないように見える小ささだ。
しかしなにはともあれ、無事に産まれ出てくることはできたようだった。




