60話
三人目の胎児が、フラシオンから産まれた。
ブリルーノは産声を上げる赤子を手に乗せながら、魔法で操ったヒモでへその緒の二ヶ所を縛り上げ、鋏で縛った部分の間を切る。その後で産まれた赤子を産湯につけて洗ってから、初乳を飲ませた。
パザンプが養子に出す約束をしていない、三番目の子――つまりフラシオンの手元に残る予定の赤子である。
これから先、成長を見守ることができる赤子を抱く、フラシオン。その目には、先二人の赤子よりも熱い愛情が灯っているように、ブリルーノには見えた。
(四人目の出産に入って欲しいのだが、もう少しはあのままで居させても良いだろう)
そう判断したブリルーノは、汗が浮かんだフラシオンの裸体を拭いてやったり、産湯に使ったタライの洗浄を行ったりしていた。
すると、階下から足音が聞こえてきた。
その足音は階段を上り、そしてブリルーノのいる場所に近づいてくる。
足音の主が誰なのかは、ブリルーノは予想するまでもなく理解していた。
「はぁ~。何の用だ?」
ブリルーノが溜息まじりに問いかける先には、廊下を歩いて近寄ってきたパザンプが立っていた。
パザンプは、ブリルーノに忌々しそうな者にm蹴る目をしている。
そしてその目には、厄介事を憂う気持ちが含まれていることを、ブリルーノは見て取った。
「この場所までくる用件は一つきりだ。さあ、赤子を渡してもらおうか」
前二回と同じ要求に、ブリルーノは嫌な予想が当たっていたことを悟った。
しかしブリルーノは、前二回とは違い、すんなりと渡す気になれなかった。
「他家に養子に出すのは二人。三人目はフラシオンの下で育てるという約束だったのでは?」
「有難くも、三人目の子を貰っても良いという家が現れたのだ。だから、三人目も養子に出す」
「それでは約束が違うだろうに」
「ふんっ。貴殿は宮廷魔法師といえど、これは当家の問題。差し出口は止めていただこう」
「敵地で万の兵を殺す宮廷魔法師の視点から考えても、お前のやり方は人道に悖ると思うがな」
だが部外者だと言われてしまうと、その通りなので反論がしにくい。
だからブリルーノは、部屋の中にいるフラシオンに声をかけることにした。
「おい、聞こえていただろ。どうする?」
ブリルーノは廊下に立ちながら、顔を部屋のベッドに座るフラシオンに向けた。
フラシオンの顔は、先ほどまで三人目を思いっきり愛しんでいたとは思えないほどに、暗い顔をしていた。
その顔は、フラシオンが腹を痛めて産んだ子と別れることを嫌がっている表情だった。
(一人目二人目のときは見せまいとしていたんだろうが、約束が違えられて三人目も取り上げられるという段階になって、表情と気持ちを取り繕えなくなったようだな)
ブリルーノは、フラシオンの気持ちのために、パザンプと弁舌で戦おうとする。
しかしその気持ちを固めるより前に、フラシオンの表情が一変した。
子を惜しむ母親の顔から、重大な物事を決意した兵士のような顔にだ。
「宮廷魔法師のダンナ。この子を渡してやってくれないかい」
「……いいのか? 約束を違えたのは、あちら側だぞ。フラシオンが譲歩する理屈はない」
「いいよ。うちの旦那のことだから、ここで拒否しても、隙を見て取り上げられちまうだろうからね」
フラシオンは聞き分けの良い言葉を並べてはいるものの、不承不承という気持ちが滲んでいる。
しかしフラシオンが口にした理由も分かると、ブリルーノは思った。
(この家の中にフラシオンの味方はいない。俺様だって出産が終われば赤の他人だ。救いの手を伸ばし続けることはできない)
ブリルーノは肩をすくめるとフラシオンに近づき、その腕に抱えている赤子に手を伸ばす。そして、その手を一時的に止めた。
「最終確認だ。本当に良いんだな?」
「……いいよ。仕方がないからね」
フラシオンが腕を伸ばして押し付けるような形で、赤子をブリルーノに渡してきた。
ブリルーノは、これ以上は言うまいと決めて、赤子を籠の中に入れてから、廊下で待つパザンプに近づいた。
「ほら、望みの赤子だ」
「おお! 三人目も元気そうだ! あの産婆め、胎児が三人いたら、最低一人はダメになる可能性が高いとか言っておったが、虚言の脅し文句だったようだな!」
パザンプは手を出して籠を受けとろうとする。
しかしブリルーノは、自身の手を上へと持っていくことで、パザンプの手から籠を逃がした。
「どういう気だね?」
不愉快そうに見てくるパザンプに、ブリルーノは底冷えのする声で返答することにした。
「俺様は王家の意向で、この家に来ていることは知っているよな。つまり俺様は、ここで見聞きした出来事を、命令元に伝える義務があるわけだ」
「? それが何だね?」
「もっと詳細に言ってやろう。俺様はノブローナ王妃に、こう伝える予定だ。パザンプ・ラ・プリパル伯爵は、自分の妻との約束を破って、子供を養子にだしたとな。その理由は、養子先の家が、ジャンルマとその養子を友人にすることで、ノブローナ王妃の覚えが目出度くなるよう画策したからだと」
ここまで説明しても、パザンプは意味が分からないという顔のまま。
それならと、ブリルーノは更に先まで語ることにした。
「この話を聞いて、ノブローナ王妃はどう思うだろうな。下種な企みに翻弄された母親と産まれた子に涙するのか。貴族の倣いと受け入れつつも、自分の子とプリパル伯爵家が出した養子とは関わらせないようにするのか。それとも、この件を見て見ぬふりをする代わりに、この企みに関与した全ての貴族家をも無視するようになるのか」
ブリルーノの予想のどれが当たっても、パザンプから養子を受け取った貴族家が期待していた栄達の道はないことは間違いない。
そう説明されて、ようやくパザンプは事態の重大さに気が付いたようだった。
「そんな、困るぞ!」
「そう言われても、こちらが困る。例え俺様が嘘の報告をしようと、ノブローナ王妃は真実にたどり着くだろうな。なにせ縁も所縁もない家の妊婦が三つ子を孕んだという情報を掴んでいた方だからな。この家の状況は筒抜けだと思った方が良い」
散々脅しの言葉を吐きかけてから、ブリルーノは赤子が入った籠をパザンプに押し付けた。
パザンプは赤子を受け取った後、どうしたものかと困ったような顔をしていたが、貴族家との約束を果たすことにきめたようで、階下へと急いで下がっていった。
ブリルーノは、不機嫌な気分でパザンプを見送ってから、フラシオンのいる部屋に戻った。
フラシオンは、産んだ全ての子が取り上げられたことで、大分気落ちしている様子だ。
ブリルーノは、そんなフラシオンの肩に優しく手を置いた。
「言い忘れていたが、四人目の胎児が未だ腹にいる。気落ちしている暇はないぞ」
ブリルーノの言葉を、フラシオンはすぐには理解できないようだった。
「まだ子供が、お腹にいるのかい?」
「ああ、いるとも。四人目――最後の胎児だ」
まだ胎児がいると知って、フラシオンの顔から悲観の色が消し飛び、最後の子供を産むという決意がみなぎった。




